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2025.05.02

GECによる米国民監視疑惑

 2025年4月30日、FOXニュースが報じたルビオ国務長官の暴露内容が、米国の言論の自由とプライバシーのあり方に深刻な疑念を投げかけている。政府のグローバル・エンゲージメント・センター(GEC)は、バイデン政権下で、米国市民のソーシャルメディア投稿を監視し、「偽情報拡散者」をリストアップしていたというのだ。この問題は、民主主義の根幹に関わる重大な事態として注目される。私は、他国の政治にすぎないとはいえ、この話にある種の怒りを感じるが、話題自体すでに陰謀論に流されつつあり、ゆえに冷静に事実を見つめる必要があるとも感じている。ここでは、ルビオの主張、GECの役割、ロイター報道を通じた陰謀論との境界、問題の核心、そして今後の展望を整理したい。

FOXニュースでのルビオの暴露

 ルビオ国務長官は、2025年4月16日、GECの後継機関「対外国情報操作・干渉ハブ(R/FIMI)」を閉鎖した。FOXニュース(参考)によると、ルビオ国務長官は閣議で、GEC(グローバル・エンゲージメント・センター)がトランプ政権関係者を含む市民のソーシャルメディア投稿を監視し、「偽情報拡散者」として個人情報をまとめた「ドシエ」(いわばブラックリスト)を作っていたことを暴露した。彼が「このテーブル(執務室)にいる少なくとも1人が標的だった」と述べると、副大統領のJD・バンスが「私かイーロン(マスク)か?」で冗談で返したが、冗談ですまされる話でもない。ルビオ国務長官は、GECが年間5000万ドル以上を浪費し、「検閲」を通じて言論の自由を抑圧したと批判し、その後継機関の閉鎖を「勝利」と位置づけた。
 この報道は、保守派の間で大きな反響を呼び、バイデン政権への批判を加速させた。「ドシエ」という言葉も、政府による不当な監視を連想させ、センセーショナルな印象を与える。しかし、この問題は微妙だ。GECの役割と問題の背景も理解する必要がある。

GECとは何か

 GECは、2016年にオバマ政権下で国務省内に設立された情報操作の機関である。予算は約6100万ドル、スタッフ120人で、ロシア、中国、イランなどの外国による偽情報やプロパガンダに対抗することが任務である。ソーシャルメディアの監視や分析を通じて、偽情報キャンペーンを暴露し、米国の外交政策を支えもする。2020年代には、コロナウイルスの起源や選挙干渉に関する偽情報にも対応していた。ルビオの言う「ドシエ」は、GECが市民の投稿を収集し、「偽情報拡散者」として記録したデータベースや報告書を指すと推測される。端的にいえば、ブラックリストでもある。なお、「ドシエ」(dossier)という言葉は、元来フランス語で「書類の束」を意味し、政治文脈では機密調査ファイルを連想させる(例:2016年の「スティール・ドシエ」)。フランス語にはこうした含意はない。
 今回の話題の中核となる「ドシエ」の具体的な内容や対象者は未公開で、ルビオの主張は現状曖昧だが、このニュースは、政府が市民を監視した可能性を示唆し、言論の自由への脅威として重大である。しかし、保守派の政治的アジェンダが混じる中、陰謀論との境界が曖昧になりつつある。それもまた問題でもある。

ロイター報道で検証

 ルビオの主張は、保守派メディアやXで拡散され、「検閲産業複合体」「ディープステート」といった陰謀論的なフレーズが飛び交った。イーロン・マスクは2023年にGECを「民主主義への脅威」と批判し、保守派活動家のマイク・ベンツは「主流メディアも偽情報を流す」と主張した。これらは、ルビオの「ドシエ」の話題が保守派の「リベラルな陰謀」ナラティブに利用されている印象を与える。メディア的な検証のためは比較対象としてロイターの報道(参考)を読むといい。これは比較的に中立的な視点を提供しているように思われる。ルビオがR/FIMIを閉鎖し、「検閲と税金の無駄遣い」を理由に挙げたと報じた。共和党の批判(GECが保守派メディアを抑圧)を裏付ける証拠として、「Twitterファイル」(2023年、マット・タイビ)や訴訟(2022~2024年、テキサス州、The Federalist、Daily Wire)を挙げてもいる。
 「Twitterファイル」では、GECがコロナの武漢研究所説や選挙関連の投稿を「偽情報」と誤分類し、国内アカウントを監視した。訴訟では、GECの資金提供先(Global Disinformation Index)が保守派メディアを「偽情報」と分類し、広告収入を損なったらしい。
 ロイターはまた、民主党(シャヒーン上院議員)や元GEC職員(ジェームズ・ルビン)の反論(「検閲の証拠はない」「外国が焦点」)も併記している。この報道は、GECの監視活動に問題があったことを否定せず、ルビオの主張に一定の根拠があると示唆する。だが、ロイター記事では「ドシエ」には言及していない。とはいえ、ロイターが監視問題を事実として報じる内容は、データベースのような記録の存在を暗に前提している。このニュアンスが、ルビオの主張を「本当臭い」と感じさせる。この話題は、完全な陰謀論とは言い切れない。

なぜ問題なのか

 GECの監視活動が、なぜ重大な問題なのか。核心は、政府が国内市民の言論を監視し、誤った分類で実害を与えた点にある。「Twitterファイル」によると、GECはコロナの武漢研究所説を唱えるアカウントを「偽情報」と誤分類し、データベースに記録した。訴訟では、GECの資金提供先がThe FederalistやDaily Wireを「偽情報」と評価し、広告収入を減少させた。これは、言論の自由を抑圧し、経済的損失を招く行為だ。The Federalistの編集者ショーン・デイビスは、「政府の介入でジャーナリズムが脅かされた」と批判した。
 監視はプライバシーの侵害にもつながる。市民の投稿を収集・分析するデータベースは、意図的でなくとも、監視社会への懸念を高める。2022年のミズーリ州・ルイジアナ州の訴訟で、GECがソーシャルメディア企業と連携し、コンテンツを「偽情報」とフラグ付けした。これは、保守派だけでなく、すべての市民の表現に影響を及ぼす。政府が「偽情報」を名目に監視を正当化すれば、自由な議論が萎縮し、自己検閲を招く。民主主義にとって、この問題は深刻だ。政府による監視は、国民の信頼を損なう。保守派メディアの実害は、特定の政治的見解が標的にされた印象を与え、バイデン政権への不信を増幅した。
 GECの規模(6100万ドル、120人)は小さく、FBIやNSAに比べ影響は限定的ともいえるが、誤分類の実害と監視の先例は、民主主義の透明性を脅かす。
GECの任務は当初は外国の偽情報対策だったが、国内へも波及したことは「過剰な監視」の結果でもある。政府としての説明責任が欠かせない。

問題の行方と課題

 ルビオ国務長官は「ドシエ」を対象者に渡すと約束したが、2025年5月1日時点での進展はない。公開されれば、内容(対象者、投稿、規模)が明らかになり、彼の主張が事実か誇張かが判明する。もしトランプ関係者専用のブラックリストを含むファイルが存在すれば、政治的監視として歴史的なスキャンダルとなる。しかし、「ドシエ」が日常的なデータベース(例:投稿リスト)に過ぎなければ、問題は「誤分類」に限定され、保守派の誇張だったという話にもなる。
 現時点でも、GECの監視は重大な問題だ。言論の自由とプライバシーの侵害は、民主主義の基盤を揺るがす。後継機関とはいえ実質GECの閉鎖は、共和党の政治的圧力の結果だが、偽情報対策の空白を招けば、ロシアや中国のプロパガンダに有利に働きかねない。適切な運用のためには監視の範囲、誤分類の原因、責任の所在を明らかにし、再発防止策を講じる必要があるともいえる。まったく廃止していいというものでもないだろう。そこでこの問題は、言論の自由と国家安全保障のバランスをどう取るかの議論に発展する。GECの監視は、当初は外国の脅威に対抗する意図だったが、国内への波及は許されないことは国民国家の原則とも言えるだろう。

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