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2025.04.14

米国夏時間(DST)恒久化の動き

 トランプ米国大統領は、「トランプ関税」と呼ばれる異例の国際貿易政策や、USID(米国国際開発金融公社)の解体といった度肝を抜く内政改革を繰り出して世界を驚かせてきた。国際社会を揺さぶり、国内制度をひっくり返すその手腕は、良くも悪くも注目を集める。そしてまたひとつ、日本人から見ると「奇妙」に映る政策が提案されている。夏時間(Daylight Saving Time、DST)の恒久化である。米国内でも、さすがにやりすぎではとの疑問の声が上がっているようだ。
 日本の生活では、地域にもよるが、だいたい朝7時に外に出れば冬でも薄明るい空が迎える。太陽と時計が調和し、東京だと日の出が6時50分なら「冬らしい」と納得できる。ところが、米国で夏時間恒久化が実現すれば、米国の冬の朝7時は真っ暗で、日の出は8時まで訪れない。時計は朝7時でまるで深夜だ、と感じる生活となる。朝のコーヒーを啜りながら窓の外を眺めれば、そこには漆黒の闇が広がっているという世界だ。

米国は冬時間が「ノーマル」

 米国の時間制度は、冬時間と夏時間の2つで成り立っている。冬時間はほとんど国際的にも採用される標準時間でもあり、太陽の動きにほぼ一致する。たとえば、東部標準時間(EST、UTC-5)で、ニューヨークの冬(12月)は日の出が7時、日の入りが17時であり、正午(12時)に太陽がほぼ中天に達する。わずかなズレはあるが、昼の12時に太陽が真上にいるという感覚は、日本の日本標準時(JST、UTC+9)に近い。日本の、東京の冬であれば、日の出6時50分、12時にほぼ中天に達し、人の生活と太陽との調和を感じさせる。朝7時に外に出ればまだ薄暗い空が広がるが、それでも冬だからと納得できる自然なリズムである。
 対して、夏時間は標準時間から時計を1時間進める臨時制度だ。東部夏時間(EDT、UTC-4)では、ニューヨークの夏(6月)に日の出が5時30分、日の入りが20時30分となる。夕方の明るい時間が延び、「20時30分まで野球やバーベキューを楽しめる」生活は、米国の夏の象徴だ。しかし、正午(12時)には太陽が中天に達せず、13時頃にピークを迎える。「お昼なのにピーク感がない」微妙なズレが生じる。夏時間は3月第2日曜から11月第1日曜まで適用され、春に「1時間進める」、秋に「戻す」時計変更がこれまでの米国正確の特徴だ。あの「春は遅刻に注意」である。

サンシャイン保護法で「夏時間」の恒久化
 トランプ大統領は2025年4月11日、自身のSNS「Truth Social」で、夏時間恒久化を再び提唱した。「年2回の時計変更は不便でコストがかかる。夕方の日照を増やし、生活を楽にしよう」と訴える。この主張は、2019年の「OK with me!」発言以来一貫してはいる。関税で国際貿易を揺らし、USID解体で内政を大胆に変えるトランプらしい「生活改善アピール」だ。これは、日本人には奇妙に映る。冬の朝7時が真っ暗、日の出が8時になる生活を想像すると、奇妙な感じが湧かないでもない。
 この夏時間恒久化の議論だが、2022年の「サンシャイン保護法(Sunshine Protection Act)」で一気に加速した。この法案は、夏時間(例: EDT)を年間を通じて固定し、標準時間(EST)を廃止するものだ。提案者は共和党のマルコ・ルビオ上院議員(フロリダ州)で、2022年3月当時、上院で全会一致の口頭決議により通過した。
 この通過には裏話がある。無記名・無討論の「ユナニマス・コンセント」で決まったため、多くの議員が法案内容を十分に把握していなかったらしい。つまり「スルーパス」のような通過だったのだ。世論の6割が「時計変更は面倒」と感じ、夕方明るい生活が「経済や治安にプラス」とのポジティブなイメージが後押ししたが、下院では冬の朝の暗さや健康懸念が浮上し、2025年現在も停滞している。議員たちも、真っ暗な朝が来ることに気づき始めたようだ。

なぜ「夏時間」を恒久化したいのか
 なぜ標準時間(EST)ではなく、夏時間(EDT)の恒久化なのか。その背景には、米国の文化がある。米国では、「夕方の明るさ=豊かさ」と考える人が多い。夏の20時30分まで明るい時間は、スポーツ、バーベキュー、ショッピングを楽しみ、経済を活性化させる。「19時に公園でピクニック、20時にアイスを食べに出かける」生活は、米国の夏の理想だ。子どもたちが長い夏の夕暮れの中を自転車で駆け回り、大人たちは庭先でホースで水撒きをしながらビールを飲む。そんなアメリカンドリームの一コマが、夏時間には詰まっている。
 冬時間恒久化なら、夏の日の入りが19時30分と早まり、「夜が短い」と不満が出る。このため、政治的には、時計変更廃止は「簡単な改革」として支持を集めやすい。ポピュリズムの波に乗り、トランプやルビオは「生活を楽に」と訴える。確かに「時計変更の手間から解放」は、シンプルで分かりやすいアピールだ。ただ、その代償として訪れる冬の朝の闇は、あまり語られていなかったようなのだ。

夏時間恒久化のメリットとデメリット
 夏時間恒久化の最大の魅力は、夕方の明るい時間が延びることだ。夏(6月)のニューヨークでは、日の入りが20時30分と現状(EDT)と同じ。「仕事が終わってもまだ明るい!遊び放題」と、米国の夕方文化にぴったりだ。冬(12月)でも、日の入りが18時(標準時間なら17時)となり、「冬なのに夕方少し明るい」恩恵がある。「18時に帰宅し、薄明るい中で子供と公園へ」といったシーンが想像される。
 経済効果も見逃せない。小売店、レジャー施設、観光地は「夕方明るい」で売上が伸びる。フロリダのビーチでは、20時30分まで客が訪れる。時計変更の廃止も大きな利点だ。春の「1時間進める」寝不足や、秋の「戻す」混乱がなくなる。システム調整や交通スケジュールのコストも削減される。日本にはない「時計変更の面倒」を解消する点は、米国にとって魅力的だ。
 デメリットを考察するには理性を要する。まず、冬の朝が極端に暗くなる。ニューヨークの冬(12月)では、日の出が8時(標準時間なら7時)。朝7時に外に出れば真っ暗で、「通勤や通学が夜みたい」と感じるだろう。「子供が7時30分に登校するのに、懐中電灯が必要なのか」と心配する親もいる。日本の冬(日の出6時50分、7時薄暗い)や米国の現状の冬時間(7時薄暗い)に比べ、異常に暗い朝の生活は人間には不自然だ。
 正午のズレも見逃せない。12時に太陽が中天に達せず、13時頃にピークとなる。「お昼なのにピーク感がない」と、昼の感覚が薄れる。日本や標準時間(EST)では、「12時=太陽キラッと真上」で昼らしいが、夏時間ではチグハグだ。
 健康リスクも想定される。朝8時の日の出は、朝の光不足を招き、体内時計を乱す。睡眠専門家は「標準時間(EST)が健康的、夏時間(EDT)は冬に合わない」と警告する。睡眠障害や気分低下(季節性感情障害)のリスクが高まる可能性もある。日本のJSTや米国の冬時間であれば、朝7時の薄明るさで目覚めを促す。
 米国は国土も広く、地域差もこの議論を複雑にする。北部州(例: ミネソタ)では、冬の日の出が8時30分にもなる。通学も厳しい。他方、南部州(フロリダなど)は「夕方明るい」を重視し、朝の暗さは「我慢できる」と考える。州ごとの緯度や産業の違いを無視した一律化は、批判の的だ。
 トランプの夏時間恒久化提案は、確かに米国の文化的価値観を映し出している。「夕方の余暇時間」を重視する米国社会だ。しかし、これは、「自然な朝の光」を大切にする感覚と対立する。日本人にとっては奇妙に映る提案も、米国の文化的文脈では一定の支持を集める。トランプ流の「時計革命」が実現するかは不透明だが、米国という国の本質を垣間見る格好の素材ではある。

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