李在明政権下での国際孤立と社会不安定
未曾有の政治転換と次期大統領選挙
韓国は未曾有の政治的転換点を迎えている。2025年4月5日時点で、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が2025年4月4日に憲法裁判所によって弾劾罷免され、韓国憲政史上初めて現職大統領が失職し、刑事訴追を受けた。この事態は、2024年12月3日に尹氏が発令した「非常戒厳」宣言に端を発する。この宣言は野党や国民から「民主主義への裏切り」と批判され、数時間で国会により解除が決議された。その後、12月14日に弾劾訴追が可決され、約4か月の審理を経て罷免が確定した。尹氏は内乱首謀罪や職権乱用などの重罪で捜査中であり、政治的影響力はほぼ消滅している。
韓国憲法第70条では、大統領職が空席となった場合、60日以内に後継を選ぶ選挙を実施することが規定されている。したがって、次期大統領選挙は2025年6月初旬、遅くとも6月3日までに行われる。この異例の早期選挙は、尹政権への国民の深い失望と新たな政権選択を決定する重要な機会である。尹氏の失脚は右派政党「国民の力」に壊滅的な打撃を与え、支持率は20~25%に低迷している。一方、左派の「共に民主党」は2024年4月の総選挙で175議席を獲得し、国会で過半数を維持している。弾劾を主導した勢いを背景に、次期選挙への準備を着実に進めている。この状況は、韓国の政治が新たな局面に突入したことを示している。
韓国の二党制と李在明政権の誕生
大統領選挙の背景となる韓国の政治だが、実質的に二党制によって支配されている。国会300議席のうち、「共に民主党」(左派)が175議席、「国民の力」(右派)が108議席を占め、両党で94%以上を掌握している。小政党は存在するが影響力は限定的である。正義党は6議席、進歩党は3議席、基本所得党は1議席しか持たず、国政での発言力はほぼない。この二党制は、韓国の政治的対立が「右派(保守)」と「左派(進歩)」の二軸に集約されることを物語っている。歴史的には、1987年の民主化以降、保守(軍事政権系)と進歩(民主化運動系)の対立が続き、現在の二党に結実している。
次期大統領選挙では、過去の傾向から多数の候補が立候補することが予想される。2022年の選挙では14人、2017年では15人が出馬したが、韓国の大統領選は単純多数決制であり、一回の投票で最多得票者が当選する。この制度は小党や無所属候補に不利で、票は上位2党に集中する。2022年選挙では尹錫悦(48.56%)と李在明(47.83%)で得票の96.39%を占め、3位の正義党候補(2.37%)は事実上の泡沫に終わった。2025年6月の選挙でも、5~15人の候補が出る可能性はあるが、勝負は実質的に二極に絞られる。たとえ「共に民主党」(左派)を背景とした候補が複数出たとしても、現下の流れでは「国民の力」が対抗する勢力を到底持ち得ず、後述するように、李在明(イ・ジェミョン)政権が誕生することになる。
李在明は次期大統領選の最有力候補である。彼は1964年12月22日生まれ、慶尚北道安東出身で、貧困家庭に育ち、中卒で工場労働者として働いた後、独学で司法試験に合格し弁護士となった異色の経歴を持つ。城南市長(2010~2018年)や京畿道知事(2018~2021年)を務め、特に城南市長時代に「青年配当」や公共住宅政策を推進し、庶民層から支持を集めた。京畿道知事時代には「地域通貨」や「ベーシックインカム実験」を導入し、経済格差是正を掲げる現実派の進歩政治家として知られている。政治的には文在寅元大統領の後継と見られるが、北朝鮮との対話や反日路線を抑え、より実践的な政策を重視する点で異なる。
2022年大統領選では尹錫悦に僅差(0.73%、約24万票差)で敗れたが、47.83%の得票率は国民への浸透度を示している。2025年3月には公職選挙法違反事件で逆転無罪判決を受け、スキャンダルの影を払拭した。現在、世論調査で支持率30~40%を維持し、他の候補を大きくリードしている。一方、国民の力は尹氏弾劾で分裂し、韓東勲(15~20%)や元喜龍(10%前後)が対抗馬として挙がるが、選挙までの2か月で党を再編し、李に対抗する力は乏しい。李在明の勝利確率は60~70%と高く、彼が次期大統領に就任すると予測される。
韓国の分裂と米韓関係の亀裂
李在明が大統領に就任した場合、韓国の国内状況は分裂がさらに進むと予想される。現在の韓国社会は、左派(共に民主党)と右派(国民の力)のイデオロギー対立に加え、地域(慶尚道 vs. 全羅道)、世代(若者 vs. 高齢者)、ジェンダー(20代男性 vs. 女性)の分断が顕著である。尹氏の弾劾は右派支持層の不信感を増幅し、左派への反発を強めた。李在明が左派寄りの政策(経済格差是正、福祉拡大)を推進すれば、保守層や財界が「反ビジネス」と反発し、宥和策は効果を上げにくい。彼の強硬なリーダーシップは党内でも「独走型」と評され、妥協より対決を助長する傾向がある。例えば、京畿道知事時代に地域通貨を強引に導入した際、地元企業との摩擦が表面化した過去がある。
経済的混乱も分裂を加速させる要因である。韓国経済は貿易依存度が80%と高く、輸出(半導体、自動車)がGDPの約50%を支えている。しかし、2025年1月に復帰したトランプ政権が導入した関税政策が対米輸出(GDPの15%)に深刻な影響を及ぼしている。当初はすべての輸入品に10~20%の普遍関税を課すとされていたが、2025年4月2日の発表で韓国に対しては25~26%の関税が設定され、4月5日から発効する予定である。この関税は、米国の貿易赤字是正を目的としたもので、韓国経済の輸出産業を直撃する。さらに、中国が半導体輸出(中国依存度25%)に規制を強める可能性もあり、韓国の貿易依存経済は二重の圧力にさらされている。なお、米国内や国際社会からの反発を受け、関税政策の一部見直しが議論されているが、現時点では予定通りの実施が優勢である。
これにより、失業率が3.5%(2024年)から5~7%に上昇し、若者の就職難(20代失業率8%超)が悪化するだろう。中間層や若者の不満が爆発し、ジェンダー対立(20代男性の反フェミニズム vs. 女性の平等重視)や地域対立(全羅道優遇への慶尚道の反発)もさらに先鋭化する。2024年12月の尹氏への抗議デモ(数百万人規模)が再現される可能性もある。
国際的には、米国との関係が亀裂に近い状態に陥る可能性が高い。トランプの「アメリカ第一主義」は、防衛費増額(在韓米軍負担)や貿易不均衡是正を韓国に要求する。李が文在寅的な「自主外交」を志向すれば、尹政権が築いた日米韓協力が後退し、トランプとの交渉で譲歩を強いられる。関税対応が後手に回れば、経済摩擦が外交にも波及し、米韓関係は冷却化する。対中関係も曖昧で、中国からの経済報復(2017年のTHAAD配備後の制裁再現)が懸念される中、韓国は米中日の間で孤立し、世界から分離される危険性が高まる。日本との関係も、尹氏の改善路線が後退し、歴史問題(徴用工など)で再び冷却すれば、アジアでの孤立感が強まるだろう。
北朝鮮の安定化
李在明政権下で、意外だが、北朝鮮と南北関係は安定化すると見られる。これは、北朝鮮が韓国の混乱に乗じるより、米国との安全保障交渉を優先する戦略に起因する。尹政権の対北強硬策(米韓合同軍事演習の強化、日米韓連携の推進)が後退し、李が文在寅的な対話路線を取れば、北朝鮮への刺激が減る。例えば、文在寅政権下の2018年南北首脳会談では、一時的に緊張が緩和し、北朝鮮が挑発を控えた時期があった。李在明も同様に、北朝鮮との関係を「管理可能なレベル」に保つ政策を採用する可能性が高い。 北朝鮮の行動原理を考えると、彼らの本来の目的は「核保有国としての体制保証」であり、韓国や日本への対立より米国との「共存」を目指している。2025年1月の弾道ミサイル発射は米国本土を射程に置くICBMのテストと解釈され、韓国への直接脅威ではなかった。歴史的にも、北朝鮮は韓国の危機時に大規模挑発を控える傾向がある。2008年の世界金融危機や2016年の朴槿恵弾劾時も、内部体制の安定を優先し、様子見に徹した。2025年の韓国経済混乱や政治的分断も、北朝鮮にとっては「交渉の余地を広げる副次効果」に過ぎず、積極的な軍事行動は見込まれない。
さらに、北朝鮮の視野は米国に集中している。金正恩政権は核開発とミサイル技術で米国を牽制し、制裁緩和や安全保障の確立を求めている。トランプ政権が「ディール」を好む性格を考慮すれば、北朝鮮は韓国への挑発より、米国との直接交渉に注力するだろう。米国のネオコン(新保守主義者)がロシアや中国に焦点を当て、北朝鮮への関心が薄い点も、北朝鮮の静けさを後押しするだろう。こうしたことから、南北関係は「静かな小康状態」に落ち着き、北朝鮮は一時的に安定化すると見られる。ただし、この安定は韓国の経済や社会危機を救うほどの効果はなく、あくまで軍事的緊張の低下に留まる。
内部崩壊の危機とその展開
他方、李在明政権下で、韓国社会は社会アノミー(規範・価値観の崩壊による無秩序)に直面するのではないか。アノミーは、社会学者エミール・デュルケムが提唱した概念で、社会としての結束が失われ、個人が方向性や目的を見出せなくなる状態を指す。「アノミー(anomie)」の元来の意味は、ギリシャ語の 「a-(否定)」+「nomos(規範)」 に由来するように、「無規範」「規範の否定」が原義である。韓国社会は、経済危機、政治不信、分断の深化が、社会の共通規範を毀損していく。
経済危機は、韓国経済の貿易依存度(80%)が脆弱性を露呈する形で現れる。トランプ関税(韓国向け25~26%)が対米輸出(GDPの15%)を直撃し、中国の規制が半導体輸出(中国依存度25%)を圧迫する。輸出減が企業倒産を招き、失業率が3.5%(2024年)から5~7%に上昇する。若者の就職難(20代失業率8%超)が悪化し、「働いても報われない」感覚が広がる。通貨ウォンは1400ウォン/ドル(2025年3月)から1500~1600ウォンに下落し、インフレと金融危機が同時進行する。少子化(出生率0.78、2023年)による労働力減少と、家計債務(GDP比100%超)が財政を圧迫し、「未来がない」という絶望感が国民に浸透する。
政治的信頼の崩壊も深刻である。尹政権への失望(非常戒厳失敗、経済停滞)に続き、李政権が経済や分断を解決できなければ、政府への不信が団体間から個人間の対立に転嫁される。左派(平等重視)と右派(秩序重視)、ジェンダー(男性 vs. 女性)、地域(慶尚道 vs. 全羅道)の価値観分裂が続き、「何が正しいのか」の共有基準が失われる。例えば、2022年大統領選で20代男性(58%が尹支持)と女性(58%が李支持)の対立が顕著だったが、経済苦境でこの溝がさらに深まるだろう。
社会規範を失ったアノミーの具体的な現象は多岐にわたる。若者の海外流出は年間10万人超からさらに増加し、優秀な人材が流出する。連帯への幻想的な希求からデモや党派的な暴動が日常化し、社会不安が常態化する。コミュニティの結束が崩れ、個人主義や孤立感が強まる中で、国民が「生きる意味」や「社会の方向性」を見失う状態が進む。 個々人の孤立による自殺率は2023年の10万人当たり25.2人(OECD最悪)から上昇し、社会精神の危機が広がる。この危機は、北朝鮮などの国家安全保障上の脅威より、内部の「静かな崩壊」として韓国社会を蝕みうる。北朝鮮が静かでも、経済・社会の基盤が揺らげば、社会統合を維持することが難しくなるだろう。
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