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2025.04.17

ディエゴガルシア島が注目される

 インド洋の真ん中に浮かぶディエゴガルシア島は、最近、国際的な注目を浴びている。2025年4月、米国とイランの緊張が高まる中、米軍がこの島にB-2ステルス爆撃機を配備したことで、紛争の最前線として名前が挙がるようになったためだ。だが、この島の重要性はイランとの関係に留まらない。中国やインドとの地政学的競争でも、ディエゴガルシアは戦略の要衝として存在感を増している。この小さな環礁が、なぜ大国間のパワーバランスの鍵を握るのか。

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ディエゴガルシア島とイラン

 米国とイランの関係は、トランプ政権以降も緊迫の度を増している。2025年4月15、ニューズウィークの報道によれば(参照)、トランプ政権下でイランへの軍事圧力が強まり、ディエゴガルシア島にB-2爆撃機が最大6機配備された。この動きは、イランが支援するイエメンのフーシ派への警告や、ペルシャ湾でのイランのミサイル増強への対抗措置と見られる。イラン側メディアは、ディエゴガルシアが攻撃対象になり得ると報じ、英紙テレグラフもイラン高官の「攻撃リスト」発言を引用した。
 ディエゴガルシアが注目される理由は、その地理的・軍事的な特性にある。イランから約4000~4800キロ離れたこの島は、米軍の長距離爆撃機や補給艦の拠点として理想的だ。B-2は核搭載可能なステルス機であり、その配備は米国がイランに対し、外交交渉の失敗を軍事力で補う姿勢を示すシグナルである。一方、イランは中距離弾道ミサイル「ホラムシャフル4」を改良し、射程を延ばす可能性が指摘されるが、現時点でディエゴガルシアを直接脅かす能力は限定的と見られる。それでも専門家はイランの技術進歩を軽視できないと警告している。
 この緊張は、ディエゴガルシアを単なる後方基地から、潜在的な戦闘地域へと押し上げることになる。米イラン衝突が現実となれば、島の基地は攻撃や反撃の舞台となり得る。だが、ディエゴガルシアの物語は、イランとの対立だけで完結しない。この島の歴史と戦略的重要性は、より広範な地政学的課題の一部である。

ディエゴガルシア島とは

 ここで簡単にディエゴガルシア島の紹介をしておこう。この島は、インド洋のチャゴス諸島に属する面積約36平方キロの環礁である。モルディブの南、モーリシャスの北東約2000キロに位置し、平坦な地形と豊かな海洋生態系が特徴だ。16世紀にポルトガル人によって発見された当時は無人だったが、18世紀にフランスがモーリシャス統治下でココヤシ農園を開設。奴隷労働者を移住させ、島に定住文化が生まれた。1814年のパリ条約でモーリシャスごと英国領となり、20世紀半ばには約1500人のチャゴス人が暮らす繁栄したコミュニティが形成されていた。
 ディエゴガルシアの運命は冷戦期に劇的に変わった。1960年代、米国はインド洋での軍事プレゼンスを強化するため、戦略的拠点を求めた。英国は1965年、モーリシャスからチャゴス諸島を分離し、英領インド洋地域(BIOT)を設立した。1966年、米英はディエゴガルシアを軍事基地として共同使用する協定を結び、この協定の代償として、英国は米国から核兵器「ポラリス」の割引供給を受けることとなった。
 基地化の過程で、チャゴスの人々は過酷な運命を強いられた。1960年代末から1970年代初頭にかけて、約2000人の住民がモーリシャスやセーシェルへ強制移住させられたのである。家財は制限され、劣悪な船で運ばれた彼らは、移住先で貧困や差別に直面した。多くの者が故郷を失った悲劇は、国際的な批判を浴びた。2019年になって、国際司法裁判所(ICJ)はチャゴス諸島の分離が国際法違反と判断したが、法的拘束力はなく、島民の帰還は実現していない。
 軍事基地としてのディエゴガルシアは、冷戦期にソ連への対抗拠点として機能したものだった。4000メートルの滑走路は戦略爆撃機に対応し、港湾は空母や潜水艦の補給を可能にする。湾岸戦争(1991年)、アフガニスタン攻撃(2001年)、イラク戦争(2003年)では、長距離爆撃機の発進基地として活躍した。CIAの「ブラック・サイト」疑惑も浮上し、テロ容疑者の尋問が行われたとも噂されている。これらの歴史は、ディエゴガルシアが単なる島ではなく、大国間の権力投影の舞台であることを物語っている。
 2024年10月、英国はチャゴス諸島の主権をモーリシャスに移譲する意向を表明したが、ディエゴガルシアの基地は99年間のリースで米英が維持している。この決定は、結局のところ、基地の戦略的重要性が今後も変わらないことを示している。島の孤立性と機密性は、外部の監視を遮断し、軍事作戦の自由度を高める。それゆえ、ディエゴガルシアは現代の地政学で「動かぬ空母」とも称される。ちなみに、同じ呼称の東アジアの島国もある。

対中国、対インドでの戦略的役割

 ディエゴガルシアの重要性は、イランだけでなく、中国やインドとの関係でも際立つ。インド洋は、21世紀の地政学で最も競争が激化する海域の一つだ。エネルギー輸送路(シーレーン)の要衝であり、大国の覇権争いが交錯する。
 中国は「真珠の首飾り」戦略を通じて、インド洋での影響力を拡大している。パキスタンのグワダル港、スリランカのハンバントタ港、ミャンマーのチャウピュー港など、港湾インフラを整備し、シーレーンの確保を目論む。対して、ディエゴガルシアは、これらの動きを監視・牽制する米国の最重要拠点である。島の偵察機や爆撃機は、中国海軍の潜水艦や艦艇の動向を追跡し、マラッカ海峡やホルムズ海峡のチョークポイントを押さえる。
 米国の「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」戦略では、ディエゴガルシアが後方支援の要として機能する。中国にとって、インド洋は中東からの石油輸入の生命線であり、ディエゴガルシアの存在は、紛争とんれば、このルートを脅かす潜在的リスクとなる。中国メディアは、ディエゴガルシアを「米国のインド洋支配の象徴」と批判し、その軍事力に警戒を強めるのも頷ける。2025年のB-2配備も、イラン向けのシグナルだけでなく、中国への間接的警告とも解釈できる。イランと中国の軍事協力(合同演習や石油取引)を考慮すれば、ディエゴガルシアの強化は両国への牽制を兼ねると見るべきだろう。

 インドとの関係では、ディエゴガルシアは協力と競争の両面を持つ。インドは、中国の海洋進出に対抗するため、米国やQUAD(日米豪印)を通じてディエゴガルシアと連携している。アンダマン・ニコバル諸島のインド海軍基地とディエゴガルシアは、インド洋の監視網を補完する役割を担っている。2020年代に入り、米印の共同演習や情報共有が増加し、ディエゴガルシアがそのハブとなる場面も見られる。また、インドは自国の海洋覇権を追求し、モーリシャスやセーシェルでの港湾整備、マダガスカルやモザンビークとの防衛協力を通じ、インド洋での影響力を拡大している。こうしたなか、ディエゴガルシアが米英の支配下にあることは、インドの「地域リーダー」としての野心と微妙に競合する。2024年のチャゴス諸島返還交渉で、インドがモーリシャスを支持した背景には、米英の独占を牽制する意図が垣間見えるのも当然だろう。それでも、現時点では米印の共同利益(対中国)が優先され、ディエゴガルシアは協調の場として機能している。

ディエゴガルシアの未来

 ディエゴガルシア島は、不幸にもというべきか、インド洋の地政学で揺るぎない地位を築いてきた。イランとの緊張は、島を戦闘の舞台として浮上させ、中国やインドとの関係では、大国間の均衡を左右する。その孤立性は軍事機密を保ち、戦略的柔軟性を高めるが、同時にチャゴス人の悲劇や国際法の論争を呼び起こす。
 今後、ディエゴガルシアの役割は変わるのかといえば、悲観的な見通ししかない。モーリシャスへの主権移譲が実現しても、米英の基地は維持される。今後、気候変動による海面上昇は環礁の存続を脅かすが、米軍のインフラ投資は島の防護を強化することにもなる。中国の技術進歩やインドの海洋戦略が進む中、ディエゴガルシアは新たな競争の焦点となり得る。この島は、単なる軍事基地ではないのは明らかだ。歴史の傷跡と現代の野心が交錯する場所であり、イラン、中国、インド、そして米英の思惑が重なる。ディエゴガルシアは、インド洋の未来を映し出す鏡でもあり、つまり、その動向は、21世紀の国際秩序を占う鍵ともなる。率直なところ、近々そのような兆候がないよう、祈るばかりではあるが。

 

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