ロシアとタリバンの関係正常化
ロシア最高裁判所は2025年4月17日、タリバンのテロ組織指定を解除し、両者の関係が公式に正常化した。これはソ連のアフガニスタン戦争(1979年~1989年)やブレジンスキー主導の米国によるムジャヒディン支援がタリバン誕生の遠因となった歴史を振り返ると驚くべき転換だが、現在のロシアの現実主義外交は、テロ対策、反欧米戦略や経済的利益を優先し、過去の敵対を脇に置くようになった。
この関係強化は、2021年8月30日にタリバンがカブールでイスラム首長国を再建した時点から始まっていた。ロシアは大使館を維持し続け外交接点を確保し、2022年9月には燃料と小麦の供給合意が結ばれた。ロシアの外交は努力を結び、2023年7月にはカザンでの国際会議にタリバン代表が招かれた。こうした積み重ねの上でプーチン大統領は「タリバンとの協力は国益」と明言し、2025年2月の大統領令でテロ指定解除を準備した。これが今回の最高裁判所決定で実現した。
関係正常化の背景要因
この背景には、タリバンによるアフガニスタンの実効支配がある。内戦を収束させ、安定した統治を築いたタリバンは、国際承認を得ていないものの、事実上の政府となっている。もう一つの要因は、イスラム過激派であるISホラサン州(ISIS-K)の脅威だ。ISIS-K犯行による2024年3月のモスクワテロは140人以上の死者を出し、ロシアにテロ対策の緊急性を突きつけた。この点、タリバンはISIS-Kを敵視し、国内で軍事作戦を展開している。また、ウクライナ戦争(2022年~)による欧米との対立も、両国を反欧米陣営の強化へと駆り立てた。さらに、アフガニスタンのリチウムやインフラへの投資機会も、ロシアの関心を後押ししている。
ロシアの戦略的目的
ロシアのタリバン政策は、端的に言えば、現実主義に貫かれた戦略である。かつて「米国の負の遺産」と呼んだタリバンを、反米プロパガンダに利用しつつ、地政学的パートナーに変えた。差し迫った目的はテロ対策であり、タリバンはISIS-Kを抑え込む力を持つため、敵対よりも協力がロシアの安全保障に資すると判断された。これは反欧米の地政学的戦略とも結びつき、ウクライナ戦争で欧米との対立が深まる中、中国やイランと並ぶ反欧米陣営を強化している。
経済的利益も戦略の柱だ。アフガニスタンのリチウム、天然ガス、TAPIパイプラインや横断鉄道は、ロシア企業にとって投資の機会であり、関係正常化はこうした投資の法的基盤を整えることになる。中央アジアでの影響力維持も見逃せない。アフガニスタンに隣接するCSTO加盟国はロシアの安全保障の要であり、タリバンとの協力はテロや不安定化の波及を防ぎ、地域覇権を支える。
ロシア国内の反応と歴史的記憶の変化
ロシア国内では、タリバン政策への反応は政府の現実主義に概ね同調している。政府は、タリバンとの協力を「テロ対策と国益の要」と訴え、2024年モスクワテロ後、ISIS-Kを主敵に据えた。かつてのイスラム嫌悪やアフガン戦争のトラウマは薄れつつあり、プーチン政権はチェチェンのカディロフを重用し、国内ムスリムを統制してタリバンを「統制可能なパートナー」と描くことでイスラム嫌悪を和らげている。都市部や若年層では宗教的偏見が減少し、アフガン戦争は遠い過去となり、ISIS-Kの脅威が国民の現実的関心を支配している。
しかし当初は、議会や安全保障当局には慎重論もあった。チェチェン紛争や1990年代のタリバンのアルカイダ支援を理由に、リスクが指摘された。だが、FSBや外務省はタリバンが2021年以降、ロシア国内テロに関与せず、ISIS-Kと戦っていると主張し、さらにプーチンのリーダーシップが反対意見を抑え込み、歴史的トラウマは現実的国益に押しやられた形になった。
西側との軋轢と国際関係への影響
ロシアのタリバン政策は、西側との軋轢を今後も高めていく。タリバンの人道問題、特に女性の教育・就労制限や厳格なイスラム法は国際的非難を浴び、ロシアがタリバンを「合法政府」と扱う姿勢は、欧米から「人権軽視」と批判される。テロ対策の信頼性も問題で、欧米はタリバンがISIS-Kやアルカイダと完全に決別したか疑問視し、ロシアの協力は「テロ組織の正当化」と受け取られ、情報共有や国際テロ対策の協調を損なう恐れがある。
地政学的競争も激化している。ロシアのタリバン取り込みは反欧米陣営の強化を意味し、欧米はアフガニスタンでの影響力低下を防ぐため、タリバンとの限定的対話を模索するが、ロシアや中国の優位を牽制する。インドも経済協力で存在感を増している。また、トランプ政権(2025年~)は、ロシアとの取引を優先し、強硬対応を抑える可能性が高く、タリバンも孤立打破のため欧米との対話窓口を維持する可能性がある。
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