レアアースの地政学
ロシアの政府系新聞「ロシア・ガゼータ」は2025年4月7日、同国のレアアース(希土類元素)戦略の核心が北極圏にあると報じていた(参照)。同記事によれば、ロシアのレアアース確認埋蔵量の76%が北極圏に集中し、採掘の100%がこの極寒の地域で行われているとのことだ。具体的には、ムルマンスク州のロヴォゼロ鉱床ではニオブとタンタルが、コヴドール鉱床ではジルコニウムが生産されている。これらの元素は、ハイテク機器や軍事装備に欠かせない素材であり、ロシアが資源大国としての地位を強化する基盤である。さらに注目すべきは、リチウム鉱床の開発計画だ。コルモゼルスコエ鉱床とポルモストゥンドロフスコエ鉱床は、2025年に試験採掘が始まり、2030年までに年間4.5万トンの炭酸リチウム生産を目指す。これは電気自動車(EV)や蓄電池の需要増に対応するもので、ロシアがエネルギー転換の時代に備える姿勢を示す。
この北極圏戦略の背景に、2022年に始まったウクライナ戦争がどの程度影を落としているかは不明だ。ロシアは戦争を通じてドネツク人民共和国やルガンスク人民共和国を併合し、ウクライナ東部の資源地帯を支配下に置いたが、このドネツク州のアゾフスク鉱床はレアアースを含むとされる。しかし、「ロシア・ガゼータ」の記事ではこれらの地域は具体的には言及されていない。ロシアの公式発表では、北極圏がレアアース戦略の中心と位置づけられており、併合地域の資源は現時点で統計に含まれていない可能性が高い。それでも、ウクライナの鉱床がさらにロシアの手中に収まることは、西側諸国にとって懸念材料であるだろう。米国はウクライナ支援を通じてこれを牽制し、トランプ大統領はウクライナとのレアアース共同開発を交渉していた。
中国の突出と他地域の模索
レアアースの現状を概観すると、中国の突出が際立つ。米国地質調査所(USGS)の2023年データによれば、世界のレアアース埋蔵量は約1億3000万トンで、中国はその34%にあたる4400万トンを保有する。2024年の生産量は24万トンに達し、全世界の80%を占める。この支配力の源は、内モンゴル自治区のバイユンオボ鉱山である。ここではセリウムやランタンなどの軽希土類が豊富に採れ、年間20万トン以上を供給する。さらに、中国は重希土類(ジスプロシウムやテルビウム)の生産でもほぼ独占し、精製技術の優位性を背景に市場を掌握している。2010年には日本への輸出を制限し、価格を10倍に吊り上げた実績があり、レアアースを地政学的武器として使う能力を持つ。
米国はこれに対抗する立場にある。埋蔵量は180万トン(世界の1.4%)で、カリフォルニア州のマウンテン・パス鉱山が中心だ。2024年の生産量は4万3000トン(14%)で、中国に次ぐ世界第2位である。かつては閉鎖していたこの鉱山を2017年に再開し、国防総省の支援で国内供給網を強化している。しかし、重希土類は不足し、輸入の80%を中国に頼る。トランプ政権やバイデン政権は、中国依存脱却を目指し、ウクライナやアフリカへの投資を模索する。アフリカは潜在力の宝庫である。南アフリカのステーンカンプスクラーイ鉱床は8万6900トン、マラウイのソンウェヒル鉱床やカンガンクンデ鉱床も有望だ。しかし、生産はほぼゼロで、インフラ不足や政情不安が足かせである。未探査地域が多く、埋蔵量は数百万トン級と推定されるが、現時点では不確定要素が大きい。
欧州(EU)は明確な弱点を抱える。埋蔵量はスウェーデンのペラゲッフェル鉱床やグリーンランドのクヴァネフィエルド鉱床で200万トン未満と少なく、生産はほぼゼロだ。需要の90%を中国に依存し、風力発電やEV産業が供給リスクに晒されている。EUは環境規制が厳しく、採掘に伴う汚染を避けるため自給が難しい。リサイクル技術(年間数百トン)やオーストラリアとの提携で対処するが、短期的には脆弱である。中国の独占と他地域の模索が、レアアースの現状を特徴づける。
北朝鮮は眠れるレアアースの巨人
北朝鮮はレアアースにおける興味深い課題である。2013年、英国のSREミネラルズ社が北朝鮮と共同調査を行い、ジョンジュ鉱床に2億1620万トンのレアアース酸化物(REO)が存在すると発表した。これは世界埋蔵量の2倍を超え、中国の6倍以上に相当する。軽希土類(セリウムなど)と重希土類(ジスプロシウムなど)の両方を含むとされ、もし現実なら市場を一変させる規模である。しかし、USGSなどの国際機関はこの数字を懐疑的に見ており、検証不足から数百万~2000万トンが現実的と推定される。それでも、ロシアの最大主張値(2000万トン)を上回り、注目に値する。
現状では、北朝鮮のレアアース生産はゼロである。国連安全保障理事会の制裁(2017年決議2371号など)が鉱物輸出を制限し、技術やインフラの未整備が開発を阻む。ジョンジュ鉱床は平壌から150kmとアクセスは悪くないが、電力不足や輸送網の貧弱さが課題だ。経済価値は数兆ドルとされ、開発できれば困窮する北朝鮮経済を一変させる可能性がある。たとえば、年間10万トン生産すれば、市場価格(ネオジム1トン7万ドル、ジスプロシウム30万ドル)で数十億ドルの収入が見込まれる。
地政学的には、北朝鮮のレアアースは複数の国の関心を引く。中国は最大の貿易相手であり、自国の重希土類枯渇を補う供給源として注目する。米国や日本は制裁緩和を条件にアクセスを模索し、ロシアとの競争することも考えられる。北朝鮮は「眠れる巨人」として、潜在的なゲームチェンジャーである。とはいえ、孤立政策と国際制裁が続く限り、その利権は現実化しない。現実化すれば新たな火種にもなだろうが。
日本の潜在性
日本はレアアースに乏しいとされるが、潜在性は見逃せない。陸上では商業的鉱床がゼロで、年間約2万トンの需要(自動車、電子機器など)を全て輸入に頼る。中国からの輸入が60%を占め、2010年の輸出制限で危機感を抱いた。ところが、南鳥島沖の海底に約1600万トンのレアアース泥が確認されている。これは国内需要の数百年分に相当し、特に重希土類(ジスプロシウム、テルビウムなど)が豊富だ。中国の軽希土類中心の供給とは対照的で、EVや軍事用途に直結する戦略的価値を持つ。南鳥島の海底資源は、日本の「未来の希望」であり、地政学的立場を強化する切り札である。
その開発はしかしかなり大きな挑戦となる。水深5,000~6,000mからの採掘は技術的に難しく、1トン数万円以上のコストがかかる。経済産業省とJOGMECは2018年から調査を進め、2028年に試験採掘、2040年代に商業化を目指す。現時点では生産ゼロだが、成功すれば中国依存からの脱却が可能だ。
日本は他にも対策を講じている。なかでもリサイクル技術では、日立製作所などが使用済み磁石から年間数百トンを回収し、世界をリードする。国際連携では、オーストラリアのライナス社やベトナムとも提携し、供給を多角化を志向している。
レアアースの内実
レアアースの問題の複雑さはこれまで見てきた地政学的な側面ばかりではない。レアアースは17元素の総称であるが、その内実は実際にはかなり雑駁である。軽希土類(セリウム、ランタンなど)は地殻中に豊富で、供給過多だ。セリウムは研磨剤や触媒に使われ、1トン約5000円と安価である。一方、重希土類(ジスプロシウム、テルビウムなど)は埋蔵量が少なく、採掘・精製が難しい。ジスプロシウムは1トン約30万円で、供給不足が続く。用途も多様で、重要性に大きな差がある。
ネオジムはEVや風力発電の磁石に不可欠で、年間需要は5万トンを超える。ジスプロシウムは磁石の高温耐性を高め、軍事(ミサイル誘導)やクリーンエネルギー(EVモーター)に欠かせない。ユウロピウムは蛍光体(ディスプレイの赤色発光)、イットリウムはセラミックスやレーザーに使われる。対して、ツリウムやホルミウムは医療や研究用途に限られ、商業的需要はほぼない。地域別に見ると、中国のバイユンオボは軽希土類が90%以上である。対して日本の南鳥島は重希土類に特化し、北朝鮮はその両方の可能性がある。このバラエティが重要である。「レアアース全体」として見るではなく、どの元素がどれだけ採れるかが争奪戦の焦点である。
大局的視点からの相対化
レアアースは地政学的な争いを生むが、それでも極めて深刻な問題とまでは言えない。たしかに重希土類の供給不足は、2030年までの緊張要因である。EV需要が現在の10倍(20万トン)に達し、中国の輸出制限が産業や軍事に打撃を与える可能性がある。米国はウクライナやアフリカ、日本は南鳥島、EUはリサイクルで対抗し、局地的な競争が起きる。しかし、世界経済全体で見ると、その影響は実際には限定的である。
レアアースの市場規模は150億ドルで、世界GDP(100兆ドル)の0.015%に過ぎない。石油(3兆ドル)や半導体(6000億ドル)に比べ、経済への直接的打撃は小さい。仮に中国が全輸出を止めても、GDPへの影響は0.1~0.5%と試算される。また緩和要因もある。EUは2030年までに需要の25%をリサイクルで賄う計画だ。日本のトヨタはネオジム使用量を50%削減する磁石を開発し、代替技術が進む。アフリカやカナダの供給多角化も今後は進展する。
結局のところ、中国の支配が続く限りリスクは残るが、中期的には世界を揺るがすほどの課題ではない。レアアースは地政学のホットスポットの一つであるが、大局的にはニッチな問題に留まるだろう。
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