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2025.04.02

マリーヌ・ルペン有罪判決

 2025年3月31日、フランス極右政党「国民連合(RN)」の指導者、マリーヌ・ルペン氏がパリの刑事裁判所で有罪判決を受けた。罪状は「公金不正流用」である。が、問われたのは、2004年から2016年にかけてのことを掘り出したものだ。この時期、彼女に欧州議会議員として割り当てられた公設秘書給与約620万ユーロ(約10億円)を、実際にはRNの党活動に流用したとされたのである。2025年に、である。判決はというと、執行猶予付き禁錮4年、罰金10万ユーロ(約1600万円)だが、最も注目すべきは被選挙権の5年間停止のほうだ。さらに、「仮執行」が適用され、控訴審を待たず即時効力が発生する。これで、2027年の大統領選挙への彼女の出馬が事実上不可能となった。
 この事件の背景には、ルペン氏の政治的地位がある。彼女は2022年大統領選でエマニュエル・マクロン大統領に次ぐ得票を獲得し、次期選挙でも有力候補と目されていた。極右勢力の台頭を警戒する現政権や欧州連合(EU)にとって、ルペン潰しは悲願とも言える。検察は彼女が「組織的な公金横領の中心にいた」と主張し、党首としての責任を問うた。一方、ルペン氏は「政治的迫害」を訴え、無罪を主張している。弁護団は控訴を表明し、戦いはまだ続く。
 この判決は、当然、単なる金銭犯罪を超え、フランス政治の均衡を揺るがす事件として注目を集めている。が、その異常性と意外な展開の可能性を見逃してはならないだろう。

フランスの裁判制度

 ちょっとフランスの司法制度について言及しておこう。フランスの司法制度は大陸法系に基づき、三審制を採用する。第一審は刑事裁判所(Tribunal Correctionnel)や重罪院(Cour d'Assises)で扱われ、控訴審は控訴院(Cour d'Appel)、上告審は破毀院(Cour de Cassation)へと進む。ルペンの場合、「公金不正流用」は軽罪(Délit)に分類され、パリの刑事裁判所で第一審が審理された。そう、今回のルペン氏も軽罪なのである。そもそも公金横領となれば金に汚い強欲というイメージが調和的でが、ルペン氏はそのイメージに合うものでもない。
 刑事裁判の流れは、予審判事による捜査から始まり、第一審で事実認定と判決が下される。不服があれば控訴院で事実関係が再評価され、さらに法解釈に問題があれば破毀院で審査される。ただし、破毀院は事実認定には介入せず、差し戻しを命じるのみだ。ルペン氏のこの一件は現在第一審を終え、控訴審が控えている段階である。
 さて、今回特筆すべきは「仮執行」の仕組みである。通常、控訴すれば判決の執行は停止されるが、裁判所が「公益の保護」などを理由に仮執行を付ければ、即時効力を持つ。ルペン氏の被選挙権停止にこれが適用されたことで、彼女の政治生命に即座に影響を及ぼしている。この制度自体は合法だが、その適用基準は曖昧で、裁判官の裁量に委ねられる部分が大きい。

今回の判決の異常さ

 今回のルペン判決は率直に言って、異常である。特に「仮執行」の適用に顕著だ。執行猶予付き禁錮刑は「社会に直ちに危険を及ぼさない」との判断を示すが、仮執行で被選挙権停止を即時発効させるのは矛盾している。通常、執行猶予付き判決では控訴審を待つのが慣例であり、仮執行は稀だ。特に政治家にとって被選挙権停止は「政治的死刑」に等しく、これを急いで執行する理由が疑問視される。
 過去の事例と比較すると、その異例さが際立つ。2004年、元大統領ジャック・シラクはパリ市長時代に架空雇用で公金を私的に流用したとして有罪判決を受けた。執行猶予付き禁錮2年と罰金が科されたが、仮執行は付かず、政治的影響も即時発効しなかった。シラク氏はその後控訴せず引退したが、判決が政治生命に即座に打撃を与えることは避けられた。さて、今回のルペン氏の一件だが、金額(620万ユーロ)はシラクのケースよりは大きいものの、罪の性質は私的流用ではなく党活動への使用である。それにもかかわらず、仮執行が付いた点で異常に厳しい。
 もちろん、この違いは政治的文脈で解釈される。シラクは中道右派のエスタブリッシュメントであり、現体制への脅威ではなかった。対して、ルペン氏は極右の反体制派として、マクロン政権やEUにとって危険な存在だ。仮執行の適用は、2027年選挙を前に彼女を排除する意図と疑われても仕方ないだろう。ルペン氏の弁護団が「司法の政治利用」と批判するのも、この異常な厳しさが根拠となっている。

しかし、ルペンにとって有利かも

 かくして、一見、ルペン氏にとって壊滅的な判決だが、必ずしも不利とは限らない。政治的逆境を逆手に取る彼女の戦略を考えると、この危機が有利に働く可能性がある。まず、仮執行の異例さは「政治的迫害」の物語を強化する。ルペン氏は「検察と政権が極右を潰そうとしている」と訴え、支持者に団結を呼びかけている。彼女の基盤である反体制派は、これを「エリートによる弾圧」と受け取り、結束を強めるだろう。過去の選挙でも、ルペンは「体制の犠牲者」として支持を拡大してきた。この判決は、彼女のポピュリストイメージをさらに際立たせる燃料となり得る。
 次に、支持者の動員力が高まる可能性だ。仮執行による「政治的死刑」は、RN支持者に危機感を与え、草の根運動を活性化させる。デモや資金集めが加速し、欧州の極右勢力からの連帯も得られる。イタリアのジョルジャ・メローニやハンガリーのヴィクトル・オルバンからの支持表明は、ルペンを国際的な反体制シンボルに押し上げるだろう。
 さらに、控訴審での逆転が劇的な効果を生む可能性がある。もし無罪を勝ち取れば、「不当に迫害されたヒーロー」として復帰し、支持を一気に回復できる。仮執行の異常さが逆に「司法の誤り」を証明し、信頼を高める材料になりかねない。控訴審が2027年選挙前に決着すれば、出馬の道も再び開ける。
 そしてなにより、極右とされるRN党の次世代への移行も見逃せない。ルペン氏が一時退くことで、若手リーダー、ジョルダン・バルデラが台頭する機会が生まれるのである。彼は若者層に人気で、RNの刷新を担える存在だ。ルペンが復帰できなくても、党の勢力が大きく損なわれるとは限らない。過去の事例でも、ベルルスコーニやトランプのように、訴追を「魔女狩り」と訴えて支持を拡大した例がある。ルペンもこの戦略を踏襲し、逆境を跳ね返す可能性がある。司法の展開と彼女の戦略次第で、2027年のフランス政界は予想外の展開を迎える可能性がある。ルペン氏の「敗北」は、まだ決まっていない。



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