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2025.04.20

 紅海におけるロシアの軍事拠点計画

 少し前の話になるが、2025年2月13日、ロシアがスーダンの紅海沿岸に海軍基地を設立する合意を発表した。この決定は、単なる外交政策の一歩にとどまらず、紅海という地政学的要衝における国際パワーバランスを大きく変える可能性を秘めている。紅海は、スエズ運河を経由してアジアとヨーロッパを結ぶ世界有数の貿易ルートであり、世界の石油輸送の約12%がこの海域を通過する。米国、中国、フランス、日本などがすでに軍事拠点やプレゼンスを有する安全保障上の要衝で、覇権争いが繰り広げられている中、ロシアの参入は新たな緊張の火種となりそうだ。

ロシアの戦略的動機とシリアの影響
 ロシアがスーダンに海軍基地を求めた背景には、地政学的な戦略と喫緊の軍事的ニーズがある。最大の要因は、シリアにおける軍事的プレゼンスの喪失リスクだ。ロシアは長年、シリアのタルトゥース港を地中海における唯一の国外海軍拠点として利用してきた。しかし、2024年12月のアサド政権崩壊後、新たなシリア政府がロシアとの軍港利用条約を見直す動きを見せ、ロシアはこの拠点を失う危機に直面している。 紅海沿岸のスーダンに新たな基地を確保することは、中東・アフリカ地域での影響力維持と、ロシア海軍のグローバルな展開力強化に不可欠な戦略となった。
 2月の合意では、ロシアがスーダンのポートスーダン近郊に「25年間使用可能な海軍補給基地」を設立し、最大300人の軍事要員を駐留させ、核動力艦を含む最大4隻の艦艇の同時停泊を可能にすることが決まった。 この基地は、補給、修理、乗組員の休息を目的とした後方支援拠点として機能する予定だが、その戦略的重要性は計り知れない。ロシアはこれにより、紅海からインド洋に至る海域でのプレゼンスを強化し、米国やフランスが支配してきた軍事バランスに直接挑戦する。

スーダンの内戦とロシアの「両面戦略」
 スーダン側がこの合意を受け入れた背景には、同国の内戦と経済危機がある。2023年4月以来、スーダン国軍(SAF)と準軍事組織「迅速支援部隊(RSF)」の間で激しい権力闘争が続き、1400万人以上が避難し、世界最大の人道危機が進行中だ。 2025年4月15日、RSFは国軍に対抗して独自政府の樹立を宣言し、内戦は新たな段階に入った。 経済は破綻寸前で、スーダン政府はロシアからの財政支援や武器供給を期待している。ロシアはスーダンに対し、基地提供の見返りとして防空システムの無償整備や武器供給を約束しており、軍事政権にとって魅力的な取引だ。
 ロシアのスーダンへの接近は、典型的な「影響力の両面戦略」を示している。ロシアはSAFとRSFの双方と接触し、異なる形で関係を構築。2024年2月には、RSFへの支援を通じてワグネル(ロシアの民間軍事会社)が関与していたが、SAFがポートスーダンに拠点を移したことでロシアはSAFへのアプローチを強化した。 2025年2月のモスクワでの会談で、スーダン外相アリ・ユースフは「ロシアとの間で完全な相互理解に達した」と述べ、ロシアとの協力を国家安定化の一歩と位置づけた。 しかし、国内では外国の軍事的介入への懸念が高まっており、ロシアの武器供給が内戦の長期化を助長する可能性も指摘されている。

紅海の冷戦構造と国際社会の反応
 ロシアのスーダン進出は、紅海における新たな冷戦構造の形成を意味する。米国はジブチに軍事基地を持ち、フランスや日本も同地域にプレゼンスを維持。中国はジブチに大規模な海軍基地を有し、一帯一路構想の一環として紅海沿岸の港湾インフラを整備している。 ロシアの基地設立は、この複雑な軍事バランスをさらに不安定化させる。特に中国は、紅海が欧州向け貿易の生命線であるため、軍事的緊張の激化を警戒する可能性が高い。一方で、ロシアと中国がフーシ派への支援で間接的に連携する動きもあり、紅海の安全保障環境は一層複雑化している。
 米国はこれまで紅海の安全保障を主導してきたが、ウクライナ戦争や中東問題で関与が弱まり、ロシアの進出に対する明確な対抗策を打ち出せていない。2024年11月、国連安保理でスーダン内戦の停戦決議案がロシアの拒否権で否決されたことは、米露の対立を象徴している。 フランスも西アフリカでの影響力低下を背景に、ロシアの動きを警戒。2025年4月、英・EU・アフリカ連合によるロンドンでの会議では、スーダン内戦の即時停戦が求められたが、ロシアやイランの関与が和平プロセスを複雑化させていると指摘された。

世界経済への波及と日本の懸念
 紅海の軍事的緊張は、世界貿易に深刻な影響を及ぼす。2023年以降、イエメンのフーシ派による商船攻撃でスエズ運河の通航量が60%以上減少し、多くの船舶が喜望峰迂回を余儀なくされている。 ロシアの基地設立が新たな不安定要因となれば、海上輸送の安全がさらに損なわれ、輸送コストの上昇やサプライチェーンの混乱が加速する。日本にとって、紅海はエネルギー輸入と欧州向け輸出の重要ルートであり、情勢悪化はエネルギー価格や物流コストの上昇を通じて経済に直接影響する。日本の海上自衛隊はジブチに拠点を有するが、地域の軍事バランスの変化に対応する新たな戦略が求められるだろう。


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