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2025.04.09

ポーランドと欧州におけるウクライナへの疲弊感

 今年に入り、第二期トランプ米政権成立が全体の空気を変えたから、というわけでもないだろうが、ポーランドや欧州でウクライナへの疲弊感から敵意までもが広がりつつあり、さすがに西側での報道からも漏れ聞くようになった。ウクライナの隣国ポーランドは、2022年2月24日、ロシアがウクライナに全面侵攻を開始したときは即座に国境を開放し、数百万人の難民を受け入れたものだった。この対応は、歴史的なロシアへの警戒心と、かつて西部を自国領とまでしていた近隣国としての連帯感に支えられていたものだっただろう。ワルシャワやクラクフでは市民がウクライナ国旗を掲げ、食料や衣類を手に支援に駆けつけてもいた。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、2024年7月時点で欧州全体に約600万人のウクライナ難民が登録されているが、ポーランドにはそのうち95.7万人もが滞在している。しかし、2025年4月を迎えた現在、初期の歓迎ムードは薄れつつあり、この問題にあまり言及してこなかった西側メディアですら報じるようになった。ポーランドでは、国民の経済的負担、政治的動向変化、ウクライナへの抑えられていた歴史的対立感情までもが絡み合い、ポーランド国内のウクライナ人への疲弊感が複雑な社会問題として深刻化してきている。この変化にはポーランドと欧州の未来を左右する懸念もある。

経済的負担がポーランド社会を圧迫
 現在、経済的負担がポーランド社会を圧迫していることが、ウクライナ人への反感を強めている要因の一つではあるだろう。振り返ると、2022年3月、ポーランド政府は特別法を制定し、ウクライナ難民に住宅補助、教育、医療、就労許可を提供した。ドイツの公共放送DWは当時、「ポーランドは難民を家族のように受け入れた」と報じていた。この支援は、ソ連崩壊後の1991年に独立を果たしたポーランドとウクライナが、近隣国として築いた絆に根ざしていたとして語られた。しかし、この戦争が3年以上続き、その難民の滞在が長期化する中で、ポーランド国民の間にウクライナ人に対する疲弊感がしだいに広がりつつある。ポーランドの世論調査機関CBOSの2023年調査では、ウクライナ人への好意的な見方が前年の51%から40%に低下し、さらに2025年には否定的な意見が30%に上昇した(Newsweek, 2025年2月5日)。
 ポーランド経済が厳しい状況に置かれていく経緯を振り返ってみよう。転機は、2022年以降、ロシアがウクライナ経由の天然ガスパイプラインを通じたガス供給を大幅に削減し、ポーランドでエネルギー危機ともいえる状態が引き起こされたことだ。この動きは、ロシアが2月24日にウクライナに侵攻を開始した後、5月にウクライナ側が戦闘地域のソクラニウカ転送ポイントを「ロシア占領下で管理不能」として閉鎖したことから始まる。このため、ロシアのガスプロムは供給量を減らし、2022年末には年間400億立方メートルの契約量から15億立方メートル程度に落ち込んだ(Reuters, 2025年1月2日)。ロシア側はその後さらに天然ガス供給に「ルーブル支払い」を求めるようになり、それを拒否や隠れた受け入れが侵攻した。
 また、ロシアからのガス依存を減らすために石炭や液化天然ガス(LNG)にシフトしたコスト増もある。2022年4月、ロシアがポーランドへの直接供給を停止した後(Reuters, 2022年4月27日)、政府は米国やノルウェーからのLNG輸入を増やしたが、これがエネルギー価格を押し上げた。こうした変化から、ポーランドではエネルギー価格が急騰することとなった。
 ポーランド中央銀行のデータによると、2023年のインフレ率は一時17%を超え、食料品や家賃が庶民の生活を圧迫している。ワルシャワの家賃は2021年から2024年で約40%上昇し、若者が住宅を手に入れにくい状況が続いている。他方、ポーランド政府はウクライナ難民支援に年間数十億ズウォティを投じており、2023年には約80億ズウォティ(約2000億円)が計上された。この支出に対して、「税金がウクライナ人に流れている」とのポーランド国内の不満を招くことになった。ソーシャルメディアでは「ポーランド人が我慢している」「難民優先はおかしい」との声が目立つようになり、経済的圧迫感が国民感情をさらに悪化させ、これらはロシア側のソーシャルメディアにも流れ込んでいる。
 ポーランドの現状については、世代間の違いも注目に値する。Newsweekによると、40歳以下の若年層でウクライナ人への反感が強い。背景には、先に言及したように、若者が就職難や住宅不足に直面している現実がある。また、2024年の失業率は若年層で8%を超え、仕事や住居を求める競争が激化している。しかし、これらは実態を反映いるとまではいえない。European Pravda(2025年2月19日)は、ウクライナ難民が建設業やサービス業で労働力を補い、GDP成長に貢献していると指摘している。2023年の建設業界では労働力不足が解消され、成長率が1.2%上昇したとされる(経済レポート)。残念ながら、こうしたデータは十分には市民に届かない現状がある。

犯罪への懸念が誤解と不信を増幅
 こうした状況下における一般的な傾向でもあるが、犯罪増加の懸念がポーランド社会に誤解と不信を広げ、これがウクライナ人への反感を助長している。Mieroszewski Centerの調査を引用したEuropean Pravda(2025年2月19日)によると、ポーランド人の間では、ウクライナ人に対して「要求が多い」「狡猾」と形容する言葉が目立つようになったとのことだ。現実には、具体的な犯罪統計が不足しているにもかかわらず、ソーシャルメディアや極右勢力がこのイメージが増幅している。CNNは2023年10月13日、ポーランドの極右政党Confederationが「ウクライナ難民は治安を脅かす」とのキャンペーンを展開し、支持を拡大していると報じた。背景には、ポーランドがウクライナ移民や難民に警戒心を抱く経緯もある。2015年のシリア難民危機では、EUが提案した受け入れ枠を拒否し、「ポーランドの安全が第一」と主張していた。
 国民感情による社会問題は幼い心理にある学生に現れやすい。DW(2025年3月15日)は、ポーランドの学校でウクライナ人児童がポーランド人児童から侮辱や暴力を受けるケースが増加していると伝えた。教師は「言葉や文化の違いが誤解を生む」と説明するが、保護者からは「ウクライナ人の態度が悪い」との声も上がっていた。背景には、難民への統合支援が不十分な現実がある。ポーランド政府は就労許可を迅速に発行したものの、言語教育や文化交流のプログラムは限られていた。2023年の予算では、ウクライナ人向けのポーランド語コースにわずか2000万ズウォティ(約5億円)しか割り当てられなかった。クラクフの学校では、ウクライナ人児童の半数以上が十分なポーランド語を話せず、孤立しているケースも報告されている。

歴史的対立の影
 ポーランドとウクライナの近代史には根深い対立があり、これが現代の関係にも深い影を落とし、反感を増幅している側面がある。特に1943年の「ヴォリーニ虐殺」は依然、ポーランド国民感情にとって大きなわだかまりである。この事件では、ウクライナ民族主義者(UPA)がポーランド東部で5万人以上のポーランド人を殺害し、両国にトラウマを残したものだ。The Guardian(2025年1月16日)は、ポーランド政府が遺体発掘や公式謝罪をウクライナに求めていると報じている。2024年10月、Politicoはポーランドがこの和解をウクライナのEU加盟交渉の条件とする可能性を指摘した(Politico, 2024年10月7日)。背景には、ポーランド側のナショナリズムもある。1989年の共産主義崩壊後、ポーランドは「被害者意識」を国家アイデンティティの一部とし、歴史的正義を求める声も根強い。
 補足すると、ヴォリーニ虐殺は、第二次世界大戦の混乱の中で起きた事件である。ソ連とナチス・ドイツに挟まれた両国は、民族主義が衝突し、互いに「裏切られた」と感じていた。ポーランド側は「ウクライナに虐殺された」と記憶し、ウクライナ側は「独立のための戦いだった」と主張する。この対立は互いに譲歩されず、現代にまで持ち越され、そのため、難民問題とも結びついてしまう。ソーシャルメディアでは、「ヴォリーニを忘れるな」「ウクライナに恩はない」との投稿も目立つ。2024年の追悼式典では、ポーランド市民が「歴史を清算しろ」と叫び、ウクライナ大使館に抗議した経緯もある。ウクライナ側としては、戦争中の苦境を理由に謝罪を避けていることもあり、この溝は埋まらない。歴史家は「双方が歩み寄らない限り和解は難しい」と警告するが(Politico, 2024年10月7日)、現在の危機下ではその余裕がないのかもしれない。

「ポーランド第一主義」の政治的動向
 トランプ政権に触発された、「ポーランド第一主義」の政治的動向もポーランドでのウクライナ人への反感を加速させている。CNN(2023年10月13日)は、極右勢力や与党PiS(法と正義党)が「ポーランド第一」を掲げ、反ウクライナ感情を利用して支持を集めていると報じた。さらに、2023年の総選挙では、ウクライナからの穀物輸入が問題化した。黒海経路による販路を失ったウクライナ産穀物がEUの自由貿易協定によって安価に流入したため、ポーランド農家の収入が減少した。農民はワルシャワでトラクターを並べてデモを行い、PiSはウクライナ支援の見直しを公約に掲げた。2023年の穀物輸出額は前年比で30%減少し、農家の怒りが政治に反映された。
 この動きは、当然ながら、トランプ政権の米国の状況と連動している。The Economist(2025年3月28日)は、2024年の米国大統領選でトランプが再選し、「アメリカ・ファースト」政策が復活したことで、ウクライナ支援が縮小したと指摘している。2024年、米国は対外的な軍事支援を前年の半分に削減し、欧州への負担が増えていく。また、EUは一時的保護指令を2026年3月まで延長し、難民の権利を保護する方針だが(Visit Ukraine, 2024年12月3日)、各国での自国第一主義による反発が強まれば、この枠組みが揺らぎうる。

今後の展望は不透明
 今後の展望は不透明である。複数の要因が絡んでいる。まず、戦争が続く限り、難民問題と反感は解消されない。The Economist(2025年3月28日)は、ウクライナ難民の多くが永住を希望し、クラクフでは市民権申請が増えていると報じている。ポーランド政府は2025年にCUKR居住カードを導入し、3年間の滞在許可を付与する計画(Visit Ukraine, 2024年12月3日)がある。難民が労働力として定着しつつある現実への対応である。2024年の同国労働省データでは、ウクライナ人の雇用数が50万人を超え、特にサービス業で貢献している。しかし、国民感情が安定しなければ、社会的緊張は続く。すでにアイルランドがウクライナ人への住宅支援を打ち切ったように、支援削減が進めば、さらに反発が強まるかもしれない。さらに、EUとウクライナの関係もこじれつつある。ポーランドの反感がウクライナのEU加盟交渉を阻むリスクは現実的であり、Politico(2024年10月7日)は「歴史問題がEU拡大を停滞させる恐れがある」と警告した。2024年、EUはウクライナとの加盟交渉を開始したが、ここでポーランドは先にに言及したように歴史的和解を条件に進展を遅らせている。
 こうした動向にロシアは聡い。ポーランドとウクライナの対立を情報戦に利用し、欧州の団結を揺るがそうとしている。Politico(2024年10月7日)は、「モスクワが歴史的軋轢を煽るキャンペーンを展開している」と指摘したが、ロシアの偽情報サイトは「ポーランドがウクライナを裏切る」と拡散し、欧州内の不信を煽った。
 ポーランドと欧州におけるウクライナ人への社会感情の変化は、経済的疲弊、犯罪への懸念、歴史的対立、政治的動向が交錯した結果ではあるだろう。ロシアのプロパガンダとは異なり、DW、CNN、The Guardian、Politicoといった西側メディアも、データと事例を通じてこの変化を報道しつつある。いずれにせよ、2022年の欧州のウクライナへの連帯感は限界に達しつつある。

 

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