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2025.03.03

欧州からの米軍撤退の可能性

 ドナルド・トランプが再びアメリカ合衆国の大統領に就任して以来、特に、2月28日のトランプ米大統領とゼレンスキー宇大統領の口論による関係の齟齬の後、欧州指導者たちは神経を尖らせている。Fox Newsが3月2日に報じたように(参照)、バイデン政権下でロシアのウクライナ侵攻(2022年)に対応して増派された約2万人の米軍が撤退する可能性が浮上し、NATOの安全保障体制がかつてない試練に直面している。
 現在の米軍駐留数は、Center for Strategic and International Studies(CSIS)のデータによれば7.5万~10.5万人と変動しており、この2万人の撤退は全体の20%近くを占める規模である。欧州の指導者たちは、トランプの「米国第一主義」やロシアへの友好的な姿勢を警戒し、彼が予測不能な形で軍事プレゼンスを縮小するのではないかと恐れている。
 この問題は単なるトランプ個人の気まぐれや政治的レトリックに留まるものではない。米国の戦略的優先順位がインド太平洋、とりわけ中国対抗へと移行する中で、欧州の防衛依存が見直されつつあるからだ。さらに、トランプがウクライナ戦争を巡って、プーチン露大統領と一定の合意を結べば、欧州からの米軍撤退のハードルはさらに下がる。と同時に、ロシアに隣接する東欧諸国では不安が急上昇するだろうし、その反動としてNATOの結束と欧州の軍事的な自立が喫緊の課題として浮上する。

米軍の欧州撤退の影響

 トランプ政権が米軍の欧州駐留を縮小すれば、NATOと欧州諸国に多大な影響が及ぶ。
  欧州での防衛力の即時的空白とNATOの脆弱性が問われる。冷戦期の1950~60年代、米軍は欧州に約50万人を駐留させ、ソ連への抑止力を担っていた。冷戦終結時の1990年には約35万人、2000年代初頭には10万人強に減少したとCSISが示すように、駐留規模は歴史的に縮小傾向にある。2022年のウクライナ危機でバイデンが増派した2万人は、この流れの中での一時的な例外だったにすぎない。Fox Newsに登場するNATO外交官は、これが撤退すれば「平常への回帰」と述べるが、問題は欧州の準備不足である。
 NATO諸国はそれなりに軍備増強を進めているものの、即応性のある戦力を短期間で整えるのは困難である。例えば、ドイツは国防費をGDPの2%超に引き上げる方針を2022年に発表したが、2025年時点でも実戦部隊の配備や装備の更新は遅れている。この空白は、ロシアが東欧で軍事的圧力を強める格好の機会となる。
 NATO内部の結束揺らぎと欧州の自己負担配分の軋轢も問題となる。第一期のトランプ政権は2018年と2020年の在任中、ドイツからの米軍撤退を計画し、NATO加盟国に防衛費増額を強く求めた。先のFox Newsが報じるように、彼の副大統領JD・ヴァンスは2025年2月のミュンヘン安全保障会議で、欧州指導者に「言論の自由などの共有価値観からの逸脱」を批判し、トランプの対欧州冷淡姿勢を補強した。これに対し欧州側は「アメリカ依存からの脱却」を模索しているが、現実は厳しい。
 元NATO当局者カミーユ・グランはWashington Postで、「欧州の準備不足を解消するには時間がかかる」と警告しており、フランスはEU独自の防衛戦略を主張し、ドイツも軍事投資を増やすとしているが、NATO28カ国の足並みは揃っていない。トランプが「貿易不均衡への不満」を理由に撤退を強行すれば、NATO内の負担配分を巡る軋轢がさらに深まる。
 ロシア隣接国では不安がさらに増大する。ロシアのプーチン大統領は西側の分裂を戦略的に利用してきた。Fox Newsも、欧州指導者がトランプの「モスクワ寄り姿勢」を懸念し、ロシアがNATOの弱体化を歓迎すると報じている。特に、バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)やポーランドなど、ロシアに隣接する国々は危機感を強めている。これらの国々は、米軍の駐留が抑止力の要と認識しており、撤退は即座に安全保障の不安定化を招く。しかし、トランプがプーチンと何らかの合意(例えば、ウクライナ戦争の妥協や経済的取引)を結べば、彼の米軍撤退意欲はさらに高まる。これは、2016年選挙での「ロシアとの関係改善」発言や、2024年選挙戦での対話重視の姿勢とも符合する。しかし、その代償として、東欧諸国はロシアの軍事的威圧やハイブリッド戦争(サイバー攻撃や情報操作)の標的となりかねない。

トランプの撤退は現実

 トランプの軍縮方針を単なる政治的パフォーマンスと見做す論評もあるかもしれないが、その背景は、トランプ個人の外交スタイルに加え、米国の戦略的再配置が絡み合っている。
 まずインド太平洋シフトという長期的傾向がある。米国の軍事戦略は冷戦後、インド太平洋へのシフトを加速させてきた。オバマ、トランプ、バイデンと、歴代政権は中国の台頭を最大の脅威と位置づけ、ヨーロッパへの関与を相対的に後退させてきた。Fox Newsも、両党の大統領が10年以上にわたり「欧州は自力で安全保障を担え」と警告してきたと指摘する。
 トランプ政権下では、この傾向がより顕著になるだけとも言える。2025年時点で、インド太平洋での中国軍事力(特に海軍拡張)に対抗するため、米軍資源の再配分が急務とされている。欧州からの米軍撤退は、この文脈で合理的な選択と映る。問題はタイミングだ。欧州が自立する準備が整う前に撤退が実行されれば、防衛の空白が生じる。
 トランプの行動に加えて予測不能性とプーチンとの関係も予測しにくい。元英国外交官ナイジェル・グールド=デービースはFox Newsで、「トランプの気まぐれな性格」を懸念し、「アメリカの防衛への信頼がどれだけ持てるのか」と疑問を投げかけるが、トランプは過去にも貿易問題(ドイツとの自動車貿易赤字など)を安全保障政策に結びつけ、突発的な決定を下してきた。しかも彼は大統領選中、「プーチンと話せばウクライナ問題は解決する」と繰り返し、対話を重視する姿勢を示してきたが、仮に両者が合意に至れば、トランプは「ロシアの脅威は誇張されている」と主張し、撤退を正当化する可能性がある。

今後の展開とヨーロッパの課題

 米軍撤退が現実化した場合、ヨーロッパとNATOにはいつくかのシナリオが待ち受けている。
 まず、段階的米軍撤退とNATOの混乱である。トランプが即時全面撤退を避けたとしても、数年内に2万人の削減が実行される可能性は高いので、NATOはこれに対応し、緊急の軍事再編を迫られる。だが、加盟国間の意見対立(例えば、フランスのEU優先主義と東欧のNATO依存)が障害となる。
 これは、欧州自立強化に向ける時間との戦いでもある。フランスやドイツが主導し、EU独自の防衛体制構築が加速する。結果「米国頼みの安全保障からの脱却」が進むだろうが、2025年時点では、圧倒的な戦力不足は否めない。即応部隊の整備や共同演習の強化には、最低でも3~5年を要する。
 東欧の不安定化とロシアの機会主義の問題が浮上する。ロシアに隣接する国々は、米軍撤退後もNATOの支援を強く求め続けるだろう。トランプとプーチンの合意が現実となれば、ロシアはウクライナ戦争の戦術を変更し、東欧での影響力拡大を狙うかもしれない。バルト三国へのサイバー攻撃や、ポーランド国境での軍事挑発が次に現実的な脅威となる。



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