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2025.03.11

「令和のコメ騒動」を考える

 2025年3月11日現在、日本のコメ市場は「令和のコメ騒動」と呼ばれるほどの事態に直面している。東京でのコシヒカリ小売価格は2024年1月の5キロ2440円から2025年1月の4185円へと急騰し、前年比71.5%の上昇である。政府は備蓄米21万トンを放出したが価格抑制は限定的で、流通現場は混乱を極める。一般に挙げられる原因として、「供給不足」「需要急増」「流通の混乱」「政策の失敗」があるが、これらをそのまま受け入れる前に、こう考えられないだろうか。真の要因は、日本農業協同組合(JA)の構造的欠陥が農家の離反を招き、それが小規模卸業者によるネットワーク的な流通混乱を誘発したことにあるのではないか。そして、それは単なる一過性の騒動ではなく、日本の農業構造そのものが抱える危機の顕在化を示しているのではないか。
 議論の出発点として、他の要因を検証したい。「供給不足の構造的問題」については、2013年から2022年まで生産量700万~800万トン、価格5キロ2000円台で安定していた事実から、主因とは言い難い。「需要急増」も、外食回復やインバウンド観光客増で消費が5~10%増えた程度では、90%の値上がりを説明する力がない。「政策の失敗」は事態を悪化させたが、発端ではない。
 さて、焦点を「流通の混乱」に絞ると、JAの影が見え隠れする。農水省の推計ではJAがコメ流通の7~8割を担うが、その仕組みが崩れ始めたとき、何が起きたのか。

買い取り価格の限界と農業構造の歪み

 JAの問題を考えるとき、まず買い取り価格に注目せざるを得ない。2024年産米の概算金(JAが農家に払う仮払い価格)は以下のように地域で記録されている:

  • 新潟県(JA全農にいがた):コシヒカリ60キロ1万7000円(2023年1万3000円、30%増)。
  • 岐阜県(JA全農岐阜):ハツシモ1万6600円(1万2000円前後、30~40%増)。
  • 福井県:ハナエチゼン1万6200円(4800円増、42%増)。
  • 愛知県:コシヒカリ1万7800円(5800円増、48%増)。

 概算金は前年比25~48%増と大幅に上昇したが、背景を検証すると問題が浮かぶ。2023~2024年の消費者物価指数は約4%上昇(総務省)、肥料・燃料などの資材費は20~30%増(農水省試算)。一方、小売価格は5キロ4000円、60キロ換算で約4万8000円だ。JAの1万7000円は市場価格の3分の1以下に過ぎない。生産コストが1俵(60キロ)1万5000円を超える(日本農業新聞推計)中、JAの価格では農家の収支が均衡するか赤字となる。
 この価格設定は、JAが安定供給を優先し、農家の利益を後回しにする構造に由来する。JA全農は全国のコメを集約し、価格統制を通じて市場に供給する役割を担うが、その過程で買い取り価格を低く抑える傾向があるからだ。農水省の「米穀データバンク」によると、JA経由の流通が7~8割を占める一方、農家への還元は市場価格と乖離している。2023年産の相対取引価格(農家と民間卸の直接取引)は60キロ1万8000~2万円だったが、JAは1万3000円前後で買い取っていた。2024年もこのギャップは埋まらず、諸物価が高騰していくなか、これが農家にとってJAは「安値買い叩き」の象徴となった。
 これは、戦後のコメ流通の歴史を背負いながらも、今となっては日本の農業構造全体の歪みだろう。農家数は2023年で約100万戸、平均年齢は67歳超(農林業センサス)である。後継者不足と耕作放棄地の増加(約42万ヘクタール、2020年)が進む中、JAは農家の経済的支柱となることが期待はされていた。しかし、旧来からの低価格政策は農家を圧迫し、離農や他ルートへの流出を助長した。JAが農協法に基づき政府と連携する仕組みは、戦後の食糧管理体制を引き継ぐものだが、現代の物価高騰や市場原理に対応できていない。この構造的限界が、2024年のコメ騒動の土壌を形成したのだのではないか。

JA外流通へのシフトとその波及

 JAの価格に不満を抱いた農家が取った行動は、JAを離れ、民間卸や直売ルートでコメを売ることだった。直接的な「JA離反率」の統計はないが、間接証拠からその規模と影響が見えてくる。
 農水省の「米の流通状況」(2024年10月推計)では、2024年産のJA経由集荷量が前年比5~10%減とされる。2023年産が約710万トンだったから、640万~670万トンに減少した。天候不順による減産(10%減、約70万トン減)と同程度だが、日本農業新聞(2024年9月)は「農家がJAを介さず民間に売るケースが増加」と指摘する。仮に集荷量が50万トン減ったとして、その一部(20万~30万トン)がJA外に流れたと推定できる。農家総数約100万戸中、数万戸が離反した可能性がある。
 SNSなどから垣間見る事例もこれを裏付ける。Xでは「JAより5000円高く売れるルートを選んだ」「地元卸に60キロ2万円で売れた」との投稿が2024年末から散見される。2020年代の「直売ブーム」やネット販売拡大が基盤となり、物価高騰が離反を加速させた。農水省の「米の相対取引価格・数量」では、民間取引価格がJAを上回る傾向が続いており、2024年は特にその差が顕著だった。
 この離反は、JA外流通の拡大を意味する。JAが統制する7~8割の枠が揺らぎ、残り2~3割が急増した。離反したコメは小規模卸や地域米穀店に流れ、かくして市場原理に基づく価格形成が始まった。ここで注目すべきは、離反が個別農家の経済的選択を超え、農業構造の変容を示す点だ。JA依存の流通が崩れると、コメの安定供給を支えた戦後農政の枠組みが動揺する。農家の離反は、JAの欠陥が単なる組織の問題ではなく、国家の食糧管理体制の限界を露呈する兆候でもある。

ネットワーク的異常拡大の連鎖

 離反したコメが市場に与えた影響は、「流通の混乱」として結実した。その核心は、小規模卸業者によるネットワーク的な異常拡大だ。JAを離れたコメは、地域の小規模卸に分散し、彼らが値上がりを見込んで備蓄を始めた。Xや地方報道では「小さな米屋が在庫を溜めて高値で売った」との情報が飛び交っている。
 この備蓄は1社あたりで見ると数百トン規模と小さいが、全国で連鎖すると影響は大きい。仮に1卸が500トンを備蓄し、100カ所で起きたとすれば5万トン、500カ所なら25万トンが市場から消える。2024年産が640万トン、在庫180万トン(2023年末、民間90万トン、政府90万トン)で需給がタイトな中、数万~十数万トンの消失は価格に直結する。小売価格が5キロ2440円から4185円(71.5%増)になった異常事態を、この規模なら説明可能だ。別の言い方をすれば、目に付く「巨悪」が潜んでいたわけではない。正常の市場取引でしかない。
 これに外食産業も関与した可能性もある。インバウンド急増(2024年予測3500万人)で需要が不透明な中、JA米が入手困難になると予想されるや、小規模卸から広範囲に高値で買い取ったのではないか。だが、政府予測(需要5~10%増)に織り込み済みなら、これは補助的要因に過ぎないはずだ。混乱の本質は、JA外での自由な価格運動が、全国規模で連鎖的に拡大したことにあるのだろう。小規模卸の備蓄がネットワーク的に広がり、市場からコメが消えた結果、価格は制御不能に跳ね上がった。
 この混乱は、農業構造の危機を映し出す。JAが流通を統制できなくなったとき、日本のコメ供給は分散化し、その脆弱性が露呈した。戦後、JAと政府が一体となって築いた「生産→集荷→供給」の仕組みは、農家の離反と市場原理の介入で崩壊の兆しを見せているというのが現在の光景なのだろう。政府の初期認識である「在庫180万トンあるから大丈夫」というのは、JA依存の前提が崩れる現実を見誤ったか、見たくなかったかだろう。備蓄米21万トンの放出が効果を上げそうにないのも、流通の混乱が農業構造の変容に根ざしているからだ。「JAの欠陥→離反→流通混乱」の因果は、一時的な騒動を超え、日本の食糧管理の基本政策の再考を要するだろう。





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