石破茂首相の商品券配布「問題」
日本の石破茂首相が、自民党総裁として新人議員に10万円相当の商品券を配ったことが波紋を広げている。野党は政治資金規正法への抵触から「説明責任」を追及し、マスコミは「政治とカネ」の定番ネタとして取り上げている。総額150万円程度という金額は、国家運営の観点からは些細なものだが、この問題の本質は金額ではない。石破首相の責任感の構造的な欠如と、自己を度外視した他人への責任転嫁的姿勢だ。少し整理してみたい。
商品券配布の発覚と石破首相の初動対応
問題が表面化したのは2025年3月13日夜である。朝日新聞などの報道によれば、石破首相は3月3日に首相公邸で自民党の当選1回の衆院議員15人と会食を行い、その前に各議員の事務所に10万円分の商品券を届けさせていた。報道直後、石破首相は記者団に対し、「私自身の私費、ポケットマネーで用意したものだ。政治活動に関する寄付ではなく、政治資金規正法にも公職選挙法にも抵触しない」と即座に釈明し、翌14日の参院予算委員会では、「法的に問題はない」と強調しつつ、「多くの皆様に不信や怒りを買っていることは深くおわびする」と付け加えた。それだけ見れば、この過程も大した問題でもないようにも思える。
ただ「ポケットマネー」という言葉は引っかかる。石破首相は「私費だ」と繰り返すが、その資金の出どころに曖昧な部分は残る。一部では内閣官房機密費が使われたのではないかとの憶測が飛び交った。首相は「亡くなった親の遺産もあるし、議員を40年近くやっているとそれなりに自由に使えるお金はある」と述べて否定したが、具体的な証拠や収支の透明性が示されない以上、納得しづらい。150万円をポケットマネーで賄えるほどの余裕があるという主張をさらっと言ってのけるのにも呆れるが、それ以前に今回の件の責任者としての自覚のなさに呆れる。
自民党の慣例と責任感の不在
この商品券配布が自民党内で慣例化していた可能性もある。毎日新聞の報道によれば、過去の自民政権下でも同様の行為が複数回行われていたと関係者が証言していた。が、自民党党内での証言者の発言撤回などもあり、実態はわからない。とはいえ、石破首相自身も、「これまでに他の会合で商品券を配ったことはある。回数は両手で数えられるくらいだ」と認めている。基本的に、商品券配布ということは長年続いてきた行為でありながら、それが問題であるという認識が自民党に欠如していた。だが、だからといって自民党総裁である石破首相にこの認識が欠如していてよいというわけもない。
この件について、石破首相は謙虚なのか尊大なのか、よくわからない印象がある。事態の発覚当初、石破首相は疑念を問いかけた記者に「一体どこの法律に引っかかるんだ」と逆質問したが、詰問の口調であった。政治資金規正法第21条の2では、政治家の政治活動に関する寄付を禁じ、違反すれば罰則が科されるが、首相は「これは政治活動ではない。議員やその家族へのねぎらいだ」と主張した。法的にはそうだろう。だが、首相公邸で自民党総裁として新人議員を集め、官房長官や副長官が同席する会合を「政治活動でない」と公に強弁するのは政治家として重要なネジが外れている。日本維新の会・柳ケ瀬裕文議員が参院予算委員会で「明らかな詭弁だ」と批判したが、それも失当感あるものの、石破首相には野党側の声を受け止めている感覚はないのだろう。薄っぺらい粘ついた敬語の口調があるだけだ。
国民感情への責任転嫁と精神性の欠如
石破首相の一連の対応で最も呆れるのは、結局のところこの問題を「国民感情」にすり替えた点である。14日の参院予算委員会で、「世の中の人がおかしいと思うことは大変申し訳ない」「国民の皆様にご理解いただくために謝る」と発言した。つまり、「私は法的に正しいが、国民が怒っているから謝る」という論理だ。これはあまりにもおかしい。政治資金のグレーな運用への不信感や怒りは、単なる感情ではなく、透明性と説明責任の欠如に対する正当な疑問から生じたものだ。にもかかわらず、石破首相は自身の責任を棚に上げ、国民の感情が問題だと、つまり他人に責任を回しているのである。
石破首相はかねてより「精神性努力」を政治信条として掲げてきたが、この件での対応を見ると、その精神性は空虚である。商品券を配る際も、自身の監督責任を顧みず、自分からではなく自民党の慣例かのように振る舞い、そして問題が発覚すれば記者をやり込めて「法的に問題ない」と言い放つ。そもそも法的な問題がないことは最初から分かっているはずなので、悠然と記者をやり込める。これがなぜ問題なのかという所在を考える努力は最初から放棄されている。挙句の果てに「国民感情が悪い」と責任を転嫁する。石破首相はマックス・ウェーバーを借りて政治家に問われるのは結果責任だと言うが、この一連の行動から伺えるのは、すべて「お前たちが騒いだ結果」の責任を私が負ってやるのだという、なんとも薄気味悪い自己尊大感である。他者が問題を指摘するなら、「謙虚な私なのだから、その対処を誠心誠意済ませよう」という姿勢が透けて見える。
なぜこのタイミングなのかの説明の欠如
そもそもなぜこのタイミングで商品券を配ったのか、その理由が石破首相自身の声で語られていない。彼は「新人議員の苦労への慰労」と説明するが、2023年の自民党派閥の裏金問題が未だに尾を引く中で、10万円もの商品券を配る判断が「純粋なねぎらい」だというのはまともな神経ではない。なぜなら、受け取った議員側が「社会通念上の範囲を超えている」と感じて全員返却しているのである。普通におかしいだろう。この事実からも、石破首相の感覚のズレは明らかである。
この一件は石破政権の求心力を確実に低下させるかもしれない。自民党内からも「資質が問われる」(日本経済新聞)、「退陣を検討すべき」(毎日新聞)との声は上がっている。日本の野党は政策立案能力に乏しいので、大衆の一時の空気に乗って、予算審議や内閣不信任案で追及を強めるだろうし、夏の参院選を控えた与党にとっては最悪のタイミングだろう。立憲民主党の野田佳彦代表は「政治活動に関する寄付に当たる可能性が高い」と指摘し、国民民主党の玉木雄一郎代表も「疑惑が払拭できなければ首相を続けるのは困難」と述べている。政治の論理としては、それもマトが外れているが、頷きたい心情はある。
個人的には、自民党に特別な愛着も嫌悪もない。だが、こんな人物をトップに据える政党はやだな。私自身、碌でもない人間でもあり、普通の世間で考えるなら、「世の中にはおかしい人もいる」と許容して生きていくしかないが、これが日本の首相となると話は別だろう。次の選挙で、国民がどう意思表示するのか見ておきたい。
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