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2025.03.02

トランプのゼレンスキー不信の背景

 2025年2月28日、ホワイトハウスでドナルド・トランプはウクライナの大統領ウォロディミル・ゼレンスキーと激しく言い争い、会談は決裂した。その場で飛び出したトランプの言葉、「プーチン氏は私と一緒に多くの苦難を経験した」「詐欺師のハンター・バイデン」「民主党のぺてん」は、一見すると脈絡のない怒りの爆発に聞こえる。NHKが全文報道しているので、そこから該当部分を再録する。

トランプ大統領
「どうするも何も、今あなたの頭に爆弾が落ちたらどうするのか。彼ら(ロシア)が破ったらどうなるのかなど、知ったことではない。バイデンと(の合意)なら破るだろう。バイデンへの敬意はなかった。オバマにも敬意はなかった。
 私のことは尊敬している。プーチン氏は私と一緒に多くの苦難を経験した。うそっぱちの魔女狩りに遭って、彼とロシアは利用された。ロシア、ロシアと。聞いたことがあるか。詐欺師のハンター・バイデン、ジョー・バイデンのぺてんだった。ヒラリー・クリントン、ずるいアダム・シフ、民主党のぺてんだった。彼(プーチン氏)はそんな目に遭った。われわれは戦争に至らなかった。彼はそんな目に遭った。彼はそんなことで非難を受けた。彼は関係なかった。
 ハンター・バイデンのトイレから出てきた。ハンター・バイデンの寝室から出てきた。不愉快だった。後になって『この最悪なノートパソコンはロシア製だった』などと言うんだ。51人のエージェントも出てきた。すべてがぺてんだった。彼はそれに耐えねばならかった。こうしたことで非難されていた。
 私が言えるのは、彼はオバマやブッシュとの取り決めなら破っていたかもしれないということだ。バイデンとの合意でも破っていたかもしれない。破らなかったかもしれない。どうなったかはわからない。だが、私との間では破らなかった。彼は取り決めをしたがっている。できるかはわからない。問題は、私があなたを強くしたということだ。アメリカがいなければあなたは強くなれないと思う。ウクライナの人々はとても勇敢だ」(参照

 背景が理解されなければ、トランプは何を言いたいのかわからないだろう。だが、その背景の核心にあるのは、「自分が正しいのに、裏切られ続けた」という信念だろう。そこで、トランプのその内側から事態を解いてみたい。
 トランプの物語は、2016年に始まる。この年、彼は大統領選で、民主党オバマの後継としてヒラリー・クリントンを破った。ところが、勝利の喜びも束の間、民主党全国委員会(DNC)のメールがハッキングされ、ネットに流出し、「ロシアがトランプを助けた」と騒ぎ立てられた。
 トランプはこれを「でっち上げ」と呼んだ。「ロシア、ロシアと、うるさいんだよ」と彼が今でも言うのは、この時の怒りである。
 そして2017年、特別検察官ロバート・モラーが「トランプとロシアが結託したかどうか」を調べ始めた。トランプは「うそっぱちの魔女狩り」と繰り返し叫んだ。結果はというと、 2019年3月、モラーは「結託の証拠はない」と結論づけた。トランプは無罪だったのである。
 彼は「プーチンも同じ目に遭った」と感じ、二人で「苦難を経験した」と信じている。この「無罪」が、トランプの誇りの土台だ。

ゼレンスキーの裏切りと新たな攻撃

 ところが、この無罪を喜ぶ間もなく、トランプに新たな攻撃が来た。それが2019年、ゼレンスキーとの出会いに関わる。
 トランプは2019年7月25日を、自分を貶めようとした民主党に復讐しようとして、ゼレンスキーに電話をかけ、「ハンター・バイデンの怪しい仕事を調べてくれ」と頼んだ。
 ハンターはジョー・バイデンの息子で、ウクライナのガス会社ブリスマ・ホールディングスで働いていた。この会社は、ロシアからエネルギーを独立させようとするウクライナの動きの中で、2014年のマイダン革命後に脚光を浴びた。マイダン革命は、親ロシア政権を倒し、親欧米派、つまりアメリカのネオコンと呼ばれる強硬派が後押しした政変である。そのネオコンには、オバマ政権のビクトリア・ヌーランドのような人物が深く関与していた。彼らはウクライナをロシアへの対抗拠点に変えようとしていた。
 その流れでハンターがブリスマの取締役に就任していた。エネルギー専門家でもないのに、月5万ドルもの報酬をもらっていた。ハンターには汚職疑惑もあった。そのいかがわしさは、トランプの目には明らかに見えた。ブリスマという天然ガス会社の存在自体が、そもそも奇妙だった。ウクライナはロシアから安いガスを買えるのに、自前で高コストなガス会社を持つのは経済的に非合理的である。
 2015年12月、バイデン副大統領がウクライナを訪れ、検察総長ヴィクトル・ショーキンの解任を迫り、2016年3月にそれが実現すると、ブリスマへの汚職捜査が消えた。バイデンは「汚職対策」と言うが、ショーキンがブリスマを追っていたタイミングだけに、トランプには「息子のハンターを守るための汚い裏工作」としか見えない。「これはバイデンの汚い秘密だ」と彼が確信したとしても不思議ではない。
 だからトランプは、ゼレンスキーに期待した。ゼレンスキーはマイダン派の流れを引き継ぐリーダーで、アメリカの支援が欲しければ、「ハンターのいかがわしさを暴いて、私を助けてくれ」と頼むのは当然だったといえるだろう。
 だが、ゼレンスキーの答えは曖昧だった。「問題は重要だ」と口では言ったが、結局何もしなかったのである。それどころか、この電話の内容が匿名者によって漏れ、トランプの敵がまた動き出した。民主党の議員アダム・シフが「トランプがウクライナに圧力をかけた」と大騒ぎし、2019年12月、トランプを弾劾裁判に持ち込んだ。
 ここに至ってもゼレンスキーはトランプに協力しないことで、結果的にバイデン側、つまりマイダン革命を支えたネオコンとつながる勢力に寄り添っていた。これではトランプはゼレンスキーに裏切られたと感じるのも当然だろう。しかし、2020年2月、彼はまた無罪になった。トランプは正しかったのである。
 トランプのゼレンスキーへの怒りは消えない。「ハンターのぺてん」「ずるいアダム・シフ」「民主党のぺてん」は、この裏切りへの怨念だ。トランプは「ゼレンスキーは、ネオコンとバイデンの手先となって、私を貶めた」と思うのは特段不自然でもない。

ハンターの疑惑とゼレンスキーの沈黙

 トランプの怒りはさらに燃え上がる。2020年10月、ハンター・バイデンのノートパソコンから怪しいメールが暴露され、ウクライナでのビジネスが明るみに出た。
 トランプは当然「これが証拠だ!」と叫んだ。しかし、51人の元情報専門家が「これはロシアの偽物だ」と声明を出し、メディアはトランプを笑いものにした。このおりも、ゼレンスキーは何も言わず、黙って見ていた。
 トランプは「ハンターのトイレから出てきた」「51人のエージェント」と今でも言うが、それは「またしてもバイデン側が私を貶めた」と感じた瞬間だ。そしてゼレンスキーの沈黙は、彼にとって「敵への協力」の証だった。なお、実際に「トイレ」から出てきたわけではないが、これは「怪しげなところ」という比喩として理解してよいだろう。
 こうしたトランプに対するネガティブ・キャンペーンが功を奏した面もあり、トランプは大統領選挙でバイデンに敗れた。
 2021年、バイデンが大統領になり、ゼレンスキーは2022年のロシア侵攻でバイデンから莫大な支援を受けた。トランプは「私がいたら戦争は起きなかった」と信じている。彼にとって、ゼレンスキーは「感謝が足りない」だけでなく、「私を貶めた勢力」の一員に見えるだろう。

2025年、怒りの爆発

 2024年、トランプは再び大統領に返り咲いた。そして2025年2月28日、ゼレンスキーと向き合った。内心の感情は当初は抑え、取引を優先させていた。だが、ゼレンスキーはバイデンの路線を崩さないかのような主張を強行し、トランプの提案を拒んだ。
 そこでトランプの我慢の限界が来たことを示すのが、冒頭の、奇妙な発言だった。
 彼の経緯と心情を補えば特段奇妙なものでもなかった。もちろん、こんな話をあの場でぶちまけるのも、さすがにどうかとは思うが。

 

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