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2025.03.23

英国Z世代がソープオペラを初めて観る

 BBCに、ソープオペラを観たことがないまま大人になったZ世代の女性のエッセイがあり面白かった(参照)。彼女は、まず、そんな人がどれほどいるだろうかと問いかけていて。そこで、27歳にして初めてイギリスの代表的なソープオペラ(EastEnders、Coronation Street、Emmerdale)を観たという。現代の若者にとって、これらの番組はどんな意味を持つのか、そもそも意味を持ちうるのか。そんなことを確かめるためである。
 ちなみに、ソープオペラ(Soap Opera) というのは、主に日常的に放送される連続ドラマ の一種で、恋愛・愛憎・家族の確執・裏切り・秘密などの要素を中心に展開される。スポンサーが石鹸会社だったというのが名称の由来だ。日本だと、かつてTBS系やフジテレビ系で放送されていた昼ドラがそれにあたる。「愛の劇場」(TBS)や「東海テレビ制作の昼ドラ」(フジテレビ系列)だろう。僕は見たことないが。ほかにも、NHKの朝ドラもそれに近いし、『渡る世間は鬼ばかり』とかは私の母も熱中して見ていた。ただ、なんとなく思うのは、現在の日本からすると、ソープオペラは『サザエさん』『ドラえもん』『ちびまる子ちゃん』とかに近いかもしれない。ガンダムなんかも入れていいんじゃないか。
 英国でももはやソープオペラは、もはや国民的な習慣とは言いがたい。彼女の母親の世代は、昼休みに大学の学生会館に集まり、オーストラリアの「Neighbours」に熱中したという。しかし、英国Z世代の筆者の世代の友人たちは、むしろ「Love Island」や「I'm a Celebrity... Get Me Out of Here!」といったリアリティ番組に夢中になっていて、実在の人物がドラマチックな状況に巻き込まれる様子を、SNSと共に消費するのが当たり前になっている。
 そんな彼女が初めてソープオペラを観た。すぐにある疑問が湧いてきた。なぜ登場人物たちは昼間から酒場で飲んでいるのか。どうして全員がランドリーを利用するのか。近所同士がこんなにも面と向かって口論をするものだろうか。彼女の生活では、近隣住民との対立はせいぜいWhatsAppグループの中で静かに展開されるものだ。しかし、こうした違和感にもかかわらず、ストーリーの速さと絶え間ない衝突に引き込まれ、気づけば何話も観ていたという。ただ、問題もあって、登場人物への感情移入が難しいことである。彼女にとって、他人の人生に没入するなら、それが現実の人間であるほうが面白い。フィクションのドラマよりも、リアリティ番組の中で誰かの恋が壊れる瞬間のほうが強く心に響くという。例えば、最近話題になったスペインのリアリティ番組では、ある男性が恋人の浮気映像を観て衝撃のあまり海辺で泣き叫ぶ姿がSNSで拡散された。これほどの感情の爆発を、ソープオペラは提供できるのだろうかとも。
 まあ、このあたり日本ではどうだろう。日本でもリアリティー番組はあるんだろうが、僕はNetflixの『ラブ・イズ・ブラインド』しか見たことないのでなんとも。

リアリティ番組とソープオペラの競争

 というわけで、英国Z世代の彼女にしてみると、ソープオペラがかつて社会において果たしていた役割は、いまリアリティ番組に取って代わられつつある。これは単に「若者がフィクションを好まない」という話ではない。問題は、ドラマの「リアルさ」の基準が変わったことにあるらしい。かつてソープオペラは、庶民の日常や社会問題をリアルに描くメディアだった。1980年代のEastEndersは、ロンドンの労働者階級の生活を赤裸々に映し出し、多くの視聴者が共感した。しかし、2020年代の視聴者が求める「リアルさ」は異なる。フィクションの中の架空の人物より、リアリティ番組に登場する実在の人々の感情のほうが、生々しく、説得力がある。こうした変化は、制作スタイルにも影響を与えている。Netflixの『Euphoria』や『Sex Education』のようなドラマは、同じ社会問題を扱いながらも、圧倒的な映像美と洗練された脚本で観客を魅了する。一方、ソープオペラの映像は「20年前の作品のようだ」と言われることもある。低予算のため、セットや撮影手法の面で競争が難しいのは否めない。さらに、SNSの存在もメディアの視聴体験というものを変えた。TikTokやX(旧Twitter)では、リアリティ番組の印象的なシーンが瞬時に拡散され、多くの人が番組をリアルタイムで語り合う。このような即時的な共有が、ソープオペラにはない魅力となっている。EastEndersのような作品は「その瞬間」に消費されるものではなく、長い時間をかけてキャラクターやストーリーに没入する必要がある。これは、短時間でコンテンツを消費する現代の視聴者にとって、障壁となっている。

ソープオペラの文化的意義

 それでも、彼女はソープオペラは単なる「時代遅れの遺物」ではない。その長寿性こそが、他のエンターテイメントにはない独自の価値を持っていると見出した。例えば、彼女はEastEndersを数話観ただけで終わったが、熱心なファンは異なる。ある25歳の視聴者は、EastEndersの40周年記念放送のために予定をキャンセルするほど熱中している。そうなると、ソープオペラは単なる娯楽ではなく、日々のルーティンの一部なのだ。この「継続性」が、ソープオペラの最大の特徴だろう。映画や短期シリーズが終わりを迎えるのに対し、ソープオペラには「終わり」がない。登場人物は結婚し、別れ、時には何十年ぶりに戻ってくる。視聴者は長い年月をかけて彼らの人生を見守り続ける。これは、SNS時代のコンテンツ消費とは正反対のあり方だ。そういえば『大草原の小さな家』も帰って来るとのことで、米国で話題だ。
 ソープオペラのこうした特性が今後も受け入れられるかは不透明だろう。視聴者の多くは、完結する物語を好むようになった。彼女自身も、EastEndersを観て感じた最大の違和感は「終わりがない」ことだった。物語が完結しないことにフラストレーションを覚える視聴者が増えれば、ソープオペラはさらに苦境に立たされるだろう。とはいえ、GOTなんか今後続々と関連が出てきそうだが。
 彼女は総論として、それでも、ソープオペラには独自の魅力があるとした。リアリティ番組やストリーミングのドラマとは異なり、彼らは「続く」こと自体が価値なのだと。これからの時代、コンテンツの寿命はますます短くなっていくだろう。その中で、40年、50年と続くドラマが持つ文化的意義は、見直される日が来るかもしれない。愛すべきキャラクターたちは、明日もあの酒場でビールを片手に口論を続ける。そして、それを見守る人々がいる限り、ソープオペラは生き続けるのだ。まあ、気持ちはわかる。僕もルーク・デーンズがダイナーで今でもマフィンを焼いているような気がする。

 

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