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2025.02.07

人生は、中年を過ぎていくあたりから

 人生は、中年を過ぎていくあたりから、砂時計にも似ているように思えてくる。あるいは、昔見た映画館での長い映画フィルムのようなものかもしれない。生まれた瞬間からカメラは回り始め、私たちの日常を、そして感情の機微を、余すところなく記録していくが、普段、私たちは、その撮影者と人生という物語の仕上がりに意識することはない。映画館の暗闇の中で、スクリーンに映し出される物語に夢中になっている観客のように、日々の生活に没頭している。が、ふとした瞬間、ハッとする。クライマックスはもう過ぎている。フィルムの残りが少なくなっている。
 それは、若い頃のようには身体が思い通りに動かなくなった時かもしれない。長年親しんだ作家や歌手など、さらに身近で親しい友人が人生というスクリーンから姿を消した時かもしれない。あるいは、鏡に映る自分の姿に、フィルムの劣化、色褪せ、ノイズを見た時かもしれない。死んだ父に似た顔や死んだ母に似た顔。つまり、死。その時は、多分誰にでも訪れる。
 そして誰もが、多分、心のなかに、「年齢を重ねるとできなくなることリスト」を持っているものだ。ゾンビに世界が襲われることなく、それは、まだ若く、フィルムが無限に続くかのように感じていた頃に、未来の自分への、半ばからかい、半ば警告として、自然に脳内に書き残したものだ。それが脳の片隅で折り重なっている。人生の上映時間が、すでに後半から終盤に入った今、そのリストを読み返すと、冗談では済まされない、切実な、そして少しばかりの焦燥感が込み上げる。
 リストあるリストにはこう書かれている。「ツバキハウスで徹夜で踊り明かす」。いやツバキハウスもレオパードキャットももうないよ。「バックパックを背負って、熊野古道を踏破する」「ロシア語を習得し、その言葉で愛を囁く」「もう一度、エメラルドグリーンのエーゲ海で泳ぐ」。若き日の自分が、そのころ思い描いた未来の自分に向かって、メッセージを送っているかのようだ。若い頃には当たり前にできたこと、あるいは、いつか必ずやろうと心に決めていたこと。年齢を重ねると、「当たり前」が、徐々に「当たり前」ではなくなっていく。体力、気力、そして、時間。若い頃には無限にあるように感じられた。打ち出の小槌のように、その気で叩きさえすればなんとかなると。しかし、年齢とともに確実に可能性はすり減っていく。砂時計の砂音もなく細い筋をしばらく煌めかせている。
 死ぬまでリストには、人にもよるが、それほど重要なことはないものだ。いつかやればできること。「中くらいに大切」だと思っていることが多いだろう。人生という映画を多少豊かにするくらいのものだ。そして、年を取って、心の底から「やべー」と思うのは、まさにここなのだ。まるで、映画のクライマックスシーンを目前にして、突然、フィルムが切れてしまったかのような、喪失感と後悔の念が予感されるとき、「死ぬまでに、あれもこれもやっておきたかったのに」と、中くらいに大切にしていた、様々な夢や希望が、老化という名の、容赦なく次々とカットされていく。気がつくとできなくなっていることが増えている。死ぬまでにと呑気に構えていても、そのいつかが遠いものだと思っている。80歳くらいか、日本人の平均は。しかし、80歳でできることは少ない。気力と体力がある50代くらいから、少しずつでも前倒しで準備をしておかないと見逃してしまうことになるのだ。
 中年を過ぎると、誰しも、心のなかでこっそり自分の「死のシナリオ」も意識し始める。まるで、映画のエンディングを、あれこれと想像するようになる。もちろん、人によって、ハッピーエンドを望む人もいれば、バッドエンドを覚悟する人もいるだろう。しかし、周囲で同世代の人間がぽつぽつと亡くなり始めると、そのシナリオは、否応なしに現実味を帯びてくる。まるで、映画の予告編のように、断片的な映像が、次々と脳裏に浮かんでくるのだ。
 私の父は、昭和の終わりに定年を迎えた世代だ。当時は、まだ終身雇用が当たり前の時代で、定年も55歳から60歳くらいに移行する、過渡期だった。父は、57歳で退職し、60歳まで嘱託として同じ会社で働いた。そして、62歳で突然死んだ。その朝にはランニングすらしていて健康そうに見えたのに。一本の映画が終わった。私は父の姿を見て、漠然と「自分も、きっと同じような人生を歩むのだろう」と思っていた。死は突然。もちろん、これは単なる思い込みに過ぎない。しかし、この「思い込み」が、その後の私の人生観、特に、読書に対する姿勢に、大きな影響を与えたことは、紛れもない事実だ。いつか読もうと思っていた本を、いつか読むことはないかもしれない。
 読書は、一見すると、静かな活動に見える。まるで、図書館の書架に並ぶ、背表紙の美しい本のように。その寂光に老いた自分を置いてみたくなる。しかし実際には、読書はダイナミックで、エネルギッシュな活動だ。特に、長編小説や、難解な古典を読むには、若い頃の体力と、研ぎ澄まされた集中力が不可欠になる。オーケストラの演奏を聴くようなものだ。論説的な本であれば、知識基盤さえあれば、年を取ってもある程度は楽しめるかもしれない。それは、室内楽の、静謐で、知的な調べのようなものだから。しかし、長編小説は、そうはいかない。体力、そして、体力に付随する注意力、そして、何よりも、作品世界に没入するための、精神的なエネルギーが、どうしても必要になる。例えば、ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』。あの長大な物語は、まるで、ロシアの大河のように、うねり、流れ、そして、読者を圧倒する。年老いてから、あの濁流に身を投じるのは、容易ではない。もちろん、時間さえかければ、老いてもその岸辺にたどり着くことはできるかもしれない。しかし、あの作品が持つ、圧倒的な熱量、登場人物たちの、激しい感情の奔流、愛と憎しみ、信仰と懐疑、生と死、神と悪魔。それらを全身で受け止め、深く共感するためには、若い頃の、燃え上がるような情熱、そして、強靭な、つまり、体力が必要なのだ。
 マルセル・プルーストの『失われた時を求めて』も手強い。精巧に作られた古代の迷宮のようだ。少しでも注意を逸らせば、用意されたかのような奈落に転落する。その読書体験という回廊には、無数の記憶、感情、そして、感覚が、宝石のように散りばめられている。それを味わい尽くすには、途方もない時間と、繊細な感受性が必要になる。それは、トルコの絨毯売の口上のように一人の少女が青春をかけて織り上げたもののようだ。その複雑な模様、鮮やかな色彩、そして、滑らかな手触り、その全てを理解するためには、長い年月と、深い情熱が必要になる。これもまたある種の体力である。
 そして、『源氏物語』。この作品は終わりなき美しい絵巻物のようだ。総文字数だけを見れば、『カラマーゾフの兄弟』や『失われた時を求めて』ほどではない。しかし、『源氏物語』の世界を、深くそして豊かに味わうためには、当時の時代背景、貴族社会のしきたり、複雑な人間関係、そして、和歌や漢詩の知識など、膨大な情報が必要になる。絵巻に描かれた優美な風景、華やかな衣装、そして、登場人物たちの表情、その一つ一つを、丁寧に読み解いていくような作業だ。薫はどうして柏木を知ったのか。年老いてから、これらの知識をゼロから習得し、絵巻物の世界に没入するのは、至難の業と言えるだろう。
 「死ぬまでに、これらの本を読破したい」と思うなら、若いうちに「基礎工事」をしておくべきだろう。壮大な交響曲を聴く前に、楽器の編成や、楽曲の構成、そして、作曲家の意図を、あらかじめ理解しておくようなものだ。とりあえず、入門書や要約に手を伸ばすのも決して悪いことではないが、それは、交響曲の有名なメロディーだけを、かいつまんで聴くようなものだ。その全体像や核心に触れることはできない。できれば、今からでも、原文に、原典に、直接ぶつかり、「これはやべー」という、魂を揺さぶられるような、深刻な感情を、一度は味わっておくべきだ。その「やべー」という感情こそが、本気で読書に取り組むための、最も強力な動機付けになる。航海の途中で嵐に遭遇した時に、船を安定させるためのバラストのようにもなる。老いと虚無に流れいくのを押し留める。

 

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