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2025.02.05

USAID解体が問うもの

 トランプ政権とイーロン・マスクが主導する「政府効率化部門(DOGE)」が、2025年2月3日、米国国際開発庁(USAID)の解体を発表した。60カ国以上で人道援助や経済支援を行ってきたこの機関の消滅は、単なる国内政策の変更ではなく、アメリカの外交方針そのものを変える決定であることに間違いはない。
 パセティックな印象としては、「アメリカの顔」が消えていくということなのだろう。今回の事態は予想されたことではあったが、降って湧いたかのように受け止める向きもあった。全職員に向けた一通の通達「Thank you for your service」はドラマのシーンのようだ。シーンは続く。同日、ワシントンのUSAID本部前で抗議する職員たちの手には、かつて彼らが支援した国々からの感謝の手紙が掲げられた。「Thank you America」。だが、ドラマのシーンの裏には援助という「善意」の行為が内包する、より深い問いが潜んでいた。
 なぜ、米国国際開発庁(USAID)はこのような形で幕を閉じることになったのか。表面的には、シリアでの支援金流用疑惑やモロッコの陶芸教室への投資など、「税金の無駄遣い」が指摘されている。しかし、マルコ・ルビオ国務長官の言葉は、より本質的な問題を指摘している。「我々はもはや米国政府の機関ではない。独自の判断で行動するグローバルチャリティになってしまった」。また「rank insubordination(重大な不服従)」という言葉も使われた。これは、単なる組織の逸脱を超えた意味を持つ。それは、戦後米国が築いてきた援助システムの根本的な矛盾を象徴している。
 USAIDの変質は、必然だった。1961年の設立当初、それは明確な国家戦略の一環だった。ソ連との冷戦下、「善意」は米国の影響力を拡大するための効果的な武器だったのである。しかし、時代と共に「善意」の組織と言えども利権の組織は自己目的化していくものだ。
 援助する側の理想も、受け手のニーズや現実から乖離していく。象徴的な例は、アフガニスタンでのケシ栽培撲滅プログラムだ。莫大な予算を投じ、最新の農業技術を導入し、代替作物の栽培を推進した。しかし結果は、国連の報告が示すように、ケシ栽培の倍増だった。なぜか。それは、現地の社会構造や経済的現実を無視して「善意の押しつけ」ても、利権の構造に収斂するものだからだ。似たような例は他にも枚挙にいとまがない。イラクの「セサミストリート」制作に2,000万ドル、ウクライナのファッションウィーク支援、モロッコの陶芸教室—。これらは一見、「文化支援」という美名の下に行われた事業だ。しかし、その本質は、援助する側の価値観を一方的に押しつける「文化的植民地主義」であり、その美辞麗句は利権をカバーしていた。
 さらに深刻なのは、官僚機構の自己目的化である。USAIDの予算執行を詳細に見ていくと、「効率」や「成果」よりも、プログラムの継続そのものが目的化していた。かつて社会学者のパーキンソンは「官僚機構は仕事の有無にかかわらず膨張する」と指摘したが、まさにその通りの展開が起きた。
 イーロン・マスク率いる政府効率化部門(DOGE)は、この問題を、ノーテンキにAI管理システムで解決しようとしているかに見える。確かに、技術による効率化は重要だが、反発は必然だ。支援の是非を判断するのは、アルゴリズムではなく、人間の価値判断のはずだというリアクションはもう、機械的に発生する。そこまでAIが対処するのだろうか。この劇は不条理劇のようだ。
 今回の解体劇には、普通に大きな時代の変化も映し出されている。中国が「一帯一路」で影響力を強め、EUが独自の支援体制を構築する中、米国一国による援助体制は、すでに時代遅れだ。単に援助主体の多様化の問題ではない。より本質的な問いは、「援助」という行為そのものの意味である。被援助国の自立を促すはずの支援が、依存を深める結果になる。善意の行為が、なぜ意図せぬ負の結果を招くのか。利権が伴うからだ。援助の裏には利権の構造が強固に構築されている。
 確かに、今回の解体劇は極めて劇的だ。6,700人の海外駐在員を含む約10,000人の職員に対する30日以内の帰国命令は、人道支援の現場に深刻な混乱をもたらしている。しかし、この混乱を通じて見えてきたのは、戦後世界の「善意」の名の下に巨額の富が動くシステムが抱える根本的な矛盾、いや必然的矛盾である。

 

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