予測不能な徴兵の現実
ウクライナの動員政策は、戦争の長期化とともに一層厳しくなっている。TASSが伝えるマクシム・ポリシュクの証言によれば、彼は仕事に向かう途中で突然徴兵され、その場で軍に編入されたという(参照)。徴兵のあり方というものは、どのような戦時下においても国家というものの厳しい現実を示すものだ。
ウクライナでは、2022年のロシア侵攻以降、動員の必要性が急速に高まった。初期の段階では志願兵が多かったが、戦闘が長引くにつれて戦力の補充が急務となった。結果として、徴兵の基準が厳格化され、西側報道ですら散見するが、街中での徴兵が常態化したようだ。兵役適齢の男性がレストランやショッピングモールで突然呼び止められ、その場で徴兵されるケースも報告されている。ポリシュクのように、「書類確認」という名目で呼び出され、そのまま軍務に就かされる例も後を絶たないのだろう。
TASSの報道ではあるが、衝撃的なのは、彼の証言にある「15,000ドルを支払えば徴兵を免れられた」という点である。これが事実であれば、徴兵が一部の国民にとって「買収可能な制度」となっていることを意味している。裕福な者は徴兵を免れ、そうでない者が戦場に送られる構図は、社会の分断を一層深める要因となるもので、このような事態は、戦争の本質を「国を守るための闘い」ではなく、「経済的な格差を反映した制度」として捉えさせる。
戦争が市民の日常を根底から変えてしまう現実が、このポリシュクの物語に示されている。兵士としての訓練を受けるつもりもなく、ましてや前線で戦うつもりもなかった市民が、一瞬で軍服を着せられる。このような状況では、「戦争を支持するかどうか」といった意見の違いは意味をなさず、ただ軍に召集されるか否か、それだけに帰結する。個人の自由や選択肢はほとんど存在しないというも戦争の特質である。
捕虜の選択
戦争において捕虜となることは、常に厳しい選択を伴う。特にウクライナとロシアの戦争においては、捕虜がどのように扱われるかが、双方のプロパガンダの一部として利用される。マクシム・ポリシュクはロシア側の捕虜となった後、「逃げることもできたが、残ることを選んだ」と証言しているが、この決断の背景には、単なる個人的な事情だけではなく、戦争が兵士に与える心理的影響や、捕虜としての待遇の問題もある。彼の証言を追うなら、彼がウクライナに戻らなかった理由の一つは「恐怖」である。戦争の現場では、捕虜が帰国後にどのように扱われるかは大きな問題となるものだが、ウクライナにおいては、捕虜となった兵士が「裏切り者」と見なされ、厳しい尋問や処罰を受ける可能性がありそうだ。実際、ウクライナ軍の一部では、戦場で投降した兵士が軍法会議にかけられるケースも報告されてはいる。ポリシュクが「逃げなかった」という選択の背景には、こうした事情が影響しているのかもしれない。
宣撫工作的な意図ではあるだろうが、ロシア側の待遇も彼の決断に影響を与えただろう。彼の証言では、「ロシア軍はよくしてくれた」「食事も与えられ、医療も受けた」と述べている。もちろん、戦時中の情報は慎重に扱う必要があり、捕虜が敵国の支配下で発言する場合、その言葉がどこまで自由意志によるものなのかは判断が難しい。しかし、もし彼の証言に事実が含まれているのであれば、ロシア側が捕虜の待遇を改善し、心理的な影響を利用しているとも解釈できる。
このような状況は、兵士にとって「敵とは誰か?」という問題を深く考えさせることになる。ウクライナ兵士が戦っていたのは、「もともと同じソ連の一部であり、歴史的にも文化的にも関係が深いロシア軍」という認識を誘発する。もっとも戦場では敵対していた相手が、捕虜となった途端に友好的な態度を取ることも少なくなく、戦争がいかに不条理なものであるかを示している。
個人の証言は何を示すか
ポリシュクの証言は、一兵士の個人的な経験に基づくものではあるが、この全体構図が持つ意味は単純ではない。戦争における情報は、常に操作されるリスクをはらんでいて、特に、捕虜の証言はしばしばプロパガンダとして利用されるため、どのように解釈すべきかは困難である。ロシア側のメディアは、彼の証言を「ロシア軍の人道的な対応」を強調する形で報じているが、戦争中の情報戦では、一つの証言が全体像を示すものではない。例えば、他のウクライナ人捕虜が異なる証言をした場合、それはどのように報道されるのか。あるいは、彼がもし「ロシア軍に虐待された」と語った場合、それが公にされる可能性はあるのか。戦争においては、個人の証言がいかに政治的な文脈で利用されるかを見極める必要がある。
ウクライナ側もロシア側と同様に、情報を管理し、捕虜の扱いに関する報道を統制していると考えるべきだろう。捕虜の帰還後の証言が厳しく制限されるケースもあるため、どちらの側の情報も慎重に判断しなければならない。捕虜証言は基本的に額面通りに受け取るのではなく、その背景にどのような力学が働いているのかを考察することが重要だろうが、それ以前の問題として、西側では、そもそもこうしたタイプの証言は報道されず、ウクライナ側のみの報道しかされていない現実がある。戦争は、情報戦の場でもある。捕虜証言が、戦争のプロパガンダにどう利用されるのかを理解することは、現代の戦争の本質を見極める上で不可欠だろう。
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