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2025.02.10

トランプ大統領のソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)構想

 ドナルド・トランプ米国大統領が、2月3日、大統領選挙戦中にこの構想を打ち出していたとおり、ソブリン・ウェルス・ファンド(SWF)創設を当局者に指示する行政措置に署名した。ベッセント財務長官とラトニック商務長官候補がこの取り組みの陣頭指揮を執ることになる。日本にとっても決して他人事ではないだろう。簡単に言及しておきたい。
 SWFは、国家が余剰資金を投資・運用し、財政の安定や経済成長を目指す政府系ファンドであり、言わば、「国家の巨大な財布」あるいは「国家の投資会社」である。SWFの歴史は意外と古く、1953年にクウェートが設立した「クウェート投資庁(KIA)」が最初とされる。石油収入を基に、長期的な国家財政の安定を目指したKIAは、SWFの先駆けとなった。1976年にはアブダビ投資庁(ADIA)、1984年にはシンガポール政府投資公社(GIC)が設立。SWFは、資源国の経済戦略ツールとして、徐々に世界に広まっていった。1990年代以降、SWFの数は急増する。1990年にノルウェーが設立した「政府年金基金グローバル」は、徹底したリスク分散と長期投資で、2025年には資産規模が1兆ドルを超える世界最大のSWFに成長した。2006年には、中国が「中国投資公司(CIC)」を設立。外貨準備高を背景に、世界中の企業やインフラに積極投資し、経済・外交両面で影響力を強めている。SWFの運用方法は、国によって大きく異なる。「長期安定型」の代表格はノルウェーである。株式や債券を中心に、リスクを抑えた運用で、国民の年金資金を着実に増やしている。一方、サウジアラビアの「公共投資基金(PIF)」は、新興産業や企業買収に積極的な「積極投資型」で、高いリターンを狙うが、リスクも大きい。
 SWFはよく似た政府系投資機関と比較されやすい。日本では、「年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)」が有名である。2001年に設立されたGPIFは、約200兆円(2024年時点)もの資産を運用する、世界最大級の年金基金である。しかし、GPIFの目的は、あくまで「年金支給の財源確保」であり、「国家経済全体の成長」を目指すSWFとは、根本的に異なる。GPIFは、2014年に「基本ポートフォリオ」を見直し、株式投資比率を大幅に引き上げ、翌年には、この積極運用が功を奏し、一時的に大きなリターンを得た。しかし、2018年には、世界的な株価下落の影響で、約15兆円もの損失を計上し、国民の年金不安を招いたことは記憶に新しい。この事例は、年金基金とSWFのリスク管理や目的の違いを、如実に示している。また、フランスのFSI(フランス戦略投資庁)も、SWFとは異なる。FSIは、国内産業支援に特化した投資機関であり、国家全体の資産運用というよりは、経済政策の一環として機能している。
 SWFは、国家の財政安定と経済成長に貢献する「光」の部分がある一方で、「影」の部分も存在する。収入の不安定さから、資金が枯渇する可能性がある。多くのSWFは、石油収入や外貨準備高を主な資金源としている。しかし、これらの収入は、国際情勢や市場動向に大きく左右される。資源価格の変動は、SWFの運用に大打撃を与える可能性があり、安定的な資金供給が保証されているわけではない。2014年以降の原油価格下落局面では、多くの資源国SWFが、資産の目減りや投資計画の見直しを迫られた。
 政治の道具にされる懸念もあり、透明性とガバナンスが問われる。SWFは、その規模と影響力から、政治的な目的に利用されるリスクが常に付きまとう。過去には、以下のような「事件」が起きている。

  • アブダビ投資庁(ADIA)とモルガン・スタンレー事件(1990年代後半): ADIAは、米国の投資銀行モルガン・スタンレーに巨額の投資を行ったが、その後の市場の急落で、大きな損失を被った。この事件では、ADIAの運用の不透明さや、リスク管理の甘さが問題視された。
  • サウジアラビアPIFの「暴走」: ムハンマド・ビン・サルマン皇太子がPIFの運用に深く関与。ソフトバンクグループへの巨額投資や、ジャーナリスト殺害事件への関与疑惑など、その強引な手法は、国際社会から強い批判を浴びた。
  • 中国CICとアフリカの「債務の罠」: 中国のCICは、アフリカ諸国のインフラ整備に巨額の融資を行っているが、返済不能に陥る国が続出。「債務の罠」外交との批判も根強い。

これらの事件は、SWFが政治的な影響を受けやすく、ガバナンス(統治体制)が脆弱であれば、国家の利益を損なうだけでなく、国際的な信用を失墜させることを示唆している。

トランプSWF構想の危うさ

 現状では、ファンドによって、中国系動画共有アプリ「TikTok」の米事業売却手助けすることが報道される。また、医薬品での活用も想定されている。新型コロナワクチンのようなものを購入する際、企業のワラントや株式を一部取得することもありうる。 こうした説明の背後で、トランプ大統領のSWF構想における最大の疑問は、やはり資金源である。米国は、ノルウェーやサウジアラビアのような豊富な石油収入を持たず、外貨準備高も、中国や日本に比べれば少ない。「関税収入」や「政府資産の売却」が検討されたが、いずれもSWFの安定的な資金源としては、心もとない。さらに、トランプ元大統領は、SWFの投資対象として、「TikTokの買収」などを示唆したが、経済的利益よりも、政治的意図が優先される可能性が懸念される。
 日本としては、この構想に巻き込まれる懸念が大きい。日本は、世界有数の米国債保有国であり、長年にわたって米国の財政を支えてきた。トランプ政権は、「米国経済の安定のため」と称して、日本にSWFへの出資を求める可能性は、十分に考えられた。今回のUSスチールへの「投資」もだが、日本は過去にも、米国から経済協力を求められた経験がある。1980年代の日米構造協議で、米国は、巨額の貿易赤字を背景に、日本に対して内需拡大や市場開放を強く求めたが、2017年の日米首脳会談ではトランプ大統領は、安倍首相(当時)に対して、日本企業による米国国内への投資拡大を要求した。
 仮に、日本が米国からSWFへの出資を求められた場合、日本政府は、以下の点を踏まえた、極めて慎重な対応が求められる。

  1. 徹底した情報公開と透明性の確保: SWFの運用状況、投資先、意思決定プロセスなど、詳細な情報を開示させ、日本の資金が不当に利用されないよう、監視体制を構築する。
  2. 政治的利用の排除: SWFが、米国の政治的な意図や、特定企業の利益のために利用されないよう、明確なルールを定める。
  3. リスク分散: 米国一国への集中投資は避け、国際的な分散投資を行う。
  4. 多国間協力の枠組み: 日本だけでなく、他の同盟国や友好国とも連携し、共同でSWFを運営する体制を模索する。
  5. 国民への丁寧な説明: なぜ米国のSWFに日本の資金を拠出する必要があるのかを明確に説明する。

残念ながら以上は理想論にすぎない。



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