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2025.02.15

『哪吒2』が映す新国潮の潮流

 2025年2月、中国では国産アニメ映画『哪吒2』が公開され、興行収入100億元を突破する歴史的な快挙を成し遂げた。この映画は、単なるアニメ作品ではなく、現代中国の文化潮流「新国潮(シングオチャオ)」を象徴する存在として注目を集めている。作品は、中国伝統神話に登場する哪吒という少年神を題材にしながら、現代の若者たちが直面する社会課題や意識の変化を反映した内容となっており、多くの観客の心を捉えている。現在、新国潮の潮流がなぜ今の中国社会においてこれほどの影響を持つのだろうか。

伝統を現代に再構築する新国潮

 『哪吒2』は、2019年に公開された『哪吒之魔童降世』の続編であり、哪吒というキャラクターが持つ「逆天改命(運命に抗う)」というテーマが、現代中国の若者たちの心に強く響いた。近年、中国では経済成長の鈍化や社会階層の固定化が進み、特に都市部の若者の間では将来への不安が高まっている。親世代が享受した急成長の恩恵を受けることが難しくなり、努力だけでは成功をつかむことができないという現実が広がる中、哪吒の「運命に抗い、自らの道を切り開く姿勢」が共感を呼んだのはある意味必然であったし、中国政府としては「パンとサーカス」的なガス抜きの意図もあっただろう。
 同時に今回の成功は、「新国潮」の台頭とも密接に関連している。新国潮とは、中国の伝統文化を現代風にアレンジし、映画、ファッション、ゲームなど多様な分野に取り入れる動きのことを指す。従来の「国潮(グオチャオ)」が単なる伝統の復興に留まっていたのに対し、新国潮はより洗練された形で進化し、国際的な視野も意識した文化現象へと成長している。『哪吒2』が映し出すのは、ただの神話の世界ではなく、現代中国の若者たちが抱えるアイデンティティの模索や社会の流れそのものともなるだろう。解毒されたナショナリズムとも言えるかもしれない。

SNSと消費市場が支える新国潮

 新国潮の浸透を加速させた要因のひとつに、中国でのSNSの影響力がある。抖音(Douyin、中国版TikTok)や小紅書(Xiaohongshu)といったプラットフォームでは、新国潮を取り入れたファッションやライフスタイルが次々と発信され、若者たちの間で「中国らしさ」がトレンドとして定着してきている。例えば、漢服を日常的に着用する若者が増えたり、伝統的なデザインを取り入れたファッションブランドが成功を収めたりするなど、新国潮は単なる文化運動ではなく、実際の消費行動にも結びついている。
 この流れに乗る形で、映画業界以外にも新国潮の影響が広がっている。スポーツブランドの李寧(Li-Ning)は中国伝統の意匠をスポーツウェアに取り入れ、安踏(ANTA)は少林寺とコラボしたスニーカーを展開し、若者からの支持を得ている。ゲーム業界では、『原神(Genshin Impact)』の璃月編が中国伝統文化を巧みに取り入れたことで国際的な評価を得た。食品業界でも、月餅や伝統的なお菓子が「新国潮」デザインでリブランドされるなど、幅広い分野でこの潮流が影響を及ぼしている。

クールジャパンとの比較

 日本でも2000年代以降、「クールジャパン」という国家戦略が推進され、日本文化をグローバル市場に発信する試みが続いてきた。アニメ、ゲーム、ファッション、食品など、日本独自の文化が国際的な評価を受ける中、中国の「新国潮」との比較が興味深い。クールジャパンは、比較的外向きの文化発信を目指し、海外市場での受容を前提にしているのに対し、新国潮は国内市場を重視し、中国国内の消費者のアイデンティティ形成に重点を置いている。この違いは、文化戦略の目的にも反映される。クールジャパンが「日本文化のブランド化」を目指し、海外市場を開拓するための一環として進められているのに対し、新国潮は「文化自信」という国内向けのナラティブの強化を目的としている。これは、政治的背景にも関連し、中国政府が自国文化の復興を推進し、国内市場の拡大を狙う意図があるためである一方で、クールジャパンが民間のクリエイターや企業の主体性に依存する部分が大きいのに対し、新国潮は国家主導の側面がより強い。

文化自信か商業戦略か

 新国潮は多くの若者にとって「中国文化を誇る」というポジティブな要素を持つ一方で、その成長には「クールジャパン」と同質の懸念もあり、政府の文化政策との関係性が指摘される。中国政府は近年「文化自信(文化的自信)」というスローガンを掲げ、国産コンテンツの振興を奨励しているが、一部ではこれが「ナショナリズムの強化」として受け取られることもある。特に、新国潮が「自国の文化を誇ること」と「外国文化の排除」を同一視するような方向へ進む場合、国際的な文化交流の妨げになる可能性がある。また、伝統文化のアレンジが過剰になり、本来の伝統文化の意味を失う危険性もある。例えば、古代の漢服がファッションとして取り入れられることは、伝統の再解釈としては興味深いが、それが単なる商業戦略に利用されるだけでは、文化の本質的な理解にはつながらない。新国潮が持続的な文化運動となるためには、単なる消費トレンドではなく、深い文化理解と共に成長していく必要がある。これも「クールジャパン」が辿った道とも言えないことはない。
 『哪吒2』の成功は、新国潮が中国社会に定着しつつあることを示しているが、これが一過性のブームで終わるのか、それとも今後の文化の基盤となるのかは、まだ未知数である。新国潮が持続的な動きとして発展するためには、商業化だけでなく、文化そのものの質を高める取り組みが求められる。日本の「クールジャパン」戦略と比較しながら、新国潮がどのように進化していくのか、今後も注目すべきだ。また、メディア全体の新動向としては、日本の今期アニメの『RINGING FATE』のようにとりわけ、新国潮とも関連ない進展もある。総じてクリエイター視点でいうなら、新国潮は二流の動向なのではないか。



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