ウクライナ難民のビザ問題
ウクライナ侵攻開始から2年以上が経過し、国外に逃れた数百万人の難民たちは滞在ビザに関する新たな問題に直面している。受け入れ国の多くは当初、一時的な保護制度を設けて彼らを支えたが、その制度が期限を迎えつつあり、生活基盤を再び失う恐れが広がっている。このタイミングでのビザ制度の見直しは、難民の未来を左右する分岐点となっている。
英国の「ウクライナ・ビザ・スキーム」は約3年間の滞在を保証していたが、2024年の改定で延長申請が可能となった。しかし、永住権が認められるわけではなく、別のビザに切り替えなければ長期的な滞在は難しい。難民たちはビザ更新の期限に追われながら、新しい制度に適応する必要がある。
現在、この問題が注目される理由の一つは、戦争の長期化により「一時的な避難」が「長期的な移住」へと移行している点にある。ポーランド、チェコ共和国、スウェーデンといった国々では数十万人規模の難民が滞在しており、労働市場や社会サービスへの影響が深刻化してきた。ポーランドでは約100万人の難民が滞在し、その65%が就労しているが、低賃金労働に従事しているケースが多く、この状態が続けば、労働者のスキルが活かされないまま失業や生活困窮に陥るリスクが高まる。
これらの問題は、当初の制度設計が「短期支援」を前提としている点にある。戦争が長期化する中で、「一時保護」の枠を超えた永住支援策への転換が求められており、政策転換が適切に行われなければ、難民は新たな不安を抱え、受け入れ国も制度の過負荷に直面し続けることになる。
“スキル喪失”の課題
ウクライナ難民の労働参加は、受け入れ国にとって労働力不足を補う大きな可能性を秘めているが、多くの難民が母国で培った高いスキルを活かせず、単純労働や非正規雇用に従事している現状が続いている。IT、医療、教育といった分野の専門職に従事するためには現地資格や語学要件を満たす必要があるため、即戦力としての活用は難しい。この問題が浮き彫りとなっている背景には、世界的な労働力不足と景気後退への懸念がある。2023年以降、多くの国で人手不足が進展し、ウクライナ難民の受け入れは「労働力供給のチャンス」として期待されている。スウェーデンでは41,400人の難民のうち55%が就労している。とはいえ、言語や文化の壁、制度の複雑さがキャリア形成を阻んでいる。特に、医療従事者や教育者が資格認定の壁を越えられず、低賃金の仕事に追いやられている現状がある。
他方、ウクライナ難民とは限らないが、難民の労働参加が社会に新たな緊張を生む要因にもなっている。受け入れ国の一部住民は「難民が地元住民の雇用を奪う」という不安を抱いており、この感情が一部の国で排斥運動の火種となっている。経済不安が広がる今、労働市場における競争は社会的な対立を生むリスクが高まっている。
新たな対立
ウクライナ難民に対する手厚い支援は国際社会から高く評価されているが、他の地域からの難民と比較した優遇措置が国内で不公平感を生んでいる。「なぜ中東やアフリカからの難民は受け入れられず、ウクライナ難民だけが優遇されるのか」という不満は、特に移民政策をめぐる議論が活発な国々で顕著だ。この問題が注目を集めているのは、エネルギー価格の高騰や住宅不足など、社会経済的な負担が受け入れ国の低所得層に重くのしかかっているからである。スウェーデンやドイツでは住宅市場が過熱し、住居不足が深刻化している。難民を優先的に受け入れる政策によって、低所得者層が長期的に家を確保できなくなる事態も起きている。ポーランドでは難民支援の強化に伴い、「自国民の福祉が後回しにされている」として抗議するデモが発生した。医療や教育サービスが限界に達し、現地住民が不満を募らせている状況は、政府が人道支援を進める一方で、社会的公平性を保つための政策調整が必要であることを示している。戦争の影響で生活を奪われた人々を支援することは道義的な責務であり、受け入れ社会の中で緊張を生み出さないためには、透明性のある支援策と、すべての住民が安心して生活できる環境を整備する必要があるが、人道支援が「長期的な共生」へと移行する段階での課題として克服できるだけの社会的な余裕があるのだろうか。
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