中印関係
ウクライナ戦争の膠着から西側先進国が凋落する一方で、BRICSが台頭し、米国にネオコン的な進路転換を目指す第二次トランプ政権が誕生するという新しい世界構図のなかで、人口的にも大国である中印関係の重要性が増す。その理解のためには、インドと中国の紛争の歴史を振り返ることから始めるべきだろう。これは同時にBRICSの経済協力が両国の地政学的影響力をどのように形作ってきたかを検討することにもつながり、現在の中印関係理解に資する。
古来インドと中国は、仏教文化や交易路を通じた深いつながりを持っていたが、近代以降は国境問題が両国関係を大きく悪化させた。19世紀末、イギリスがインドを植民地支配する中で確定したマクマホン・ラインは、1914年のシムラ条約で取り決められたが、中国はこの条約を無効と主張し続けてきた。このラインはチベットを含む地域をインド領とするものであり、曖昧な境界線が両国間の緊張の主因となった。1950年、中国がチベットに侵攻し、それに続き1959年にダライ・ラマがインドに亡命したことで、両国の対立が深刻化した。1962年には国境問題が頂点に達し、ここで戦争が勃発した。この戦争は中国の勝利で終わり、インドは遺恨を残した。これが両国の互いの不信感を長期にわたり固定化させてきた。
近年では、2020年、ガルワン渓谷での衝突により、40年以上表面的な平和を保っていた国境地帯が一転、両軍が物理的な暴力を伴う衝突に至った。これにより両国は大規模な軍備増強を行い、国境地帯での緊張が常態化した。国境問題は単なる領土問題に留まらず、両国の地政学的競争を象徴している。歴史はこのように継続しているのである。
現代における外交の課題
インドと中国の現代の外交関係は、こうした歴史的な緊張を背景に、相互不信から競争が続いてきた。両国は2020年のガルワン渓谷での衝突以降、数回の交渉を行い、国境管理に関する合意を模索しているが、実際の状況は改善せず、パトロールや軍備増強が続いている。
他方、経済的には、両国間で年間約1,000億ドル規模の貿易が行われ、相互依存関係が保たれている。この貿易の主な品目としては、インドが輸入する電化製品や機械部品、中国が輸入する薬品や農産物が挙げられる。また、技術分野においても相互補完的な関係が見られるが、これが新たな技術摩擦を生む要因ともなっている。
米中対立が激化する中、インドは表面的には八方美人的な修辞を弄するものの実際には米国との関係を深め、中国と競争関係にあることを明確化している。この影響はBRICSや上海協力機構(SCO)といった多国間協力の場でも現れ、中国がインドに対して、現状ではじゃれ合うように牽制する動きをしばしば見せている。これに加えて、日本やオーストラリアといった第三国の関与が増加し、インド太平洋戦略を巡る緊張は複雑化している。
中印和平の障害は、現時点では、1962年戦争のトラウマや国境問題が単なる領土争いではなく、大国化しつつある両国のナショナル・アイデンティティ州の象徴として扱われている。例えば、インド側ではアルナーチャル・プラデーシュ州を国家統一の象徴として認識しており、中国側ではアクサイチン地域を「チベットと新疆の一部」としたうえで戦略的重要地域と見なしている。この問題は、台湾の帰属問題とも似ている側面がある。
中国の姿勢と展望
中印関係は、表面的には緩やかな関係のように見せながら、長期間にわたり信頼が構築できていない。また、中国の外交政策では、インドとの国境問題は米中競争や台湾問題よりも低い位置づけにある。このことは、2022年から24年にかけて中国は駐インド大使を欠いており、この空白から両国間の対話は停滞し、外交関係の進展に支障をきたした。中国の専門家によれば、国境問題が解決しても関係改善は難しいとの見解が多い。
今後の展望として、短期的には両国の対立が続く可能性が高い。特に米中競争が激化する中、インドが米国との関係を深める一方で、中国はBRICSや多国間協力を通じて影響力を拡大しようとするだろう。例えば、BRICSでは新開発銀行(NDB)の設立や経済成長を促進するためのインフラ投資を推進しており、中国はこれを通じて新興国の支持を得ている。また、上海協力機構(SCO)では安全保障協力を強化し、地域の安定に向けたリーダーシップを示している。
繰り返すが、2020年のガルワン事件のような衝突が再発するリスクも依然として存在しており、軍事的緊張の悪化は懸念される。現在の経済的相互依存が一定の抑止力となる可能性はあるが、政治的および軍事的対立がそれを相殺している。こうした中、中国側の警戒感がインド太平洋戦略や多国間同盟により高まる中、両国関係の安定化には新たなアプローチが求められるが、二国間で根幹的な改善の兆しはないだろうし、これを日米を結局は期待している。
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