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2025.01.08

トランプ次期大統領の「グリーンランド獲得」発言

 トランプ次期大統領は、1月7日、私邸「マール・ア・ラーゴ」の記者会見で、「グリーンランド獲得に軍事力行使も排除しない」との発言を行い、国際社会に衝撃を与えた。以前からグリーンランドを獲得するといった発言をしているが、私はこれを半ば冗談として受け止めてきた。だが、そうでもないようだ。具体的にどのようにグリーンランドを獲得するかより、その意味合いを考慮すべきだろう。
 このトランプ氏の発言は北極圏問題の表面的な理解に基づいた批判を招いたが、実際には深い地政学的背景がある。まず、グリーンランドは世界有数のレアアース資源を有しており、軍事戦略的にも重要な位置にある。レアアースは、先端技術産業に不可欠な資源であり、電気自動車、スマートフォン、軍事兵器などの生産に使用されている。そのため、レアアースの確保は国家安全保障の観点から重要な課題である。加えて、グリーンランドには米国宇宙軍のピツフィク基地が存在し、北極圏における米軍の抑止力強化において重要な役割を担っている。この基地は早期警戒システムや通信衛星システムの拠点として機能し、北極圏だけでなく北大西洋の安全保障にも寄与している。しかし、そうしたいわば、領土的な野心よりも、地理的観点からも、グリーンランドは北極航路上の要衝としての価値を有しており、物流ルートや戦略的動線として重要な位置を占めていることが、米国の世界戦略に大きく関わってくる。
 トランプ氏は2019年にもデンマークに対しグリーンランド購入を提案したが、当時は実現しなかった。しかし、その後もロシアによる北極圏での軍事拡大や中国の経済進出が顕著になる中、同地域の戦略的重要性は一層高まっている。ロシアは北極圏において領土主張を強化し、軍事施設を増強しつつあり、ウクライナ侵攻以降、北極圏における影響力の拡大が戦略の一環として重要視されている。他方、中国もこの関連で「氷のシルクロード」構想を掲げ、北極航路の開発に積極的である。これらを背景に、トランプ氏の発言は米中露の対立を見据えた地政学的な牽制策を提示しなければならない。そのいかにもトランプ氏らしい修辞的な表現が今回の発言であっただろう。
 繰り返すが、米国にとってグリーンランドは単なる領土拡張の対象ではなく、北極航路戦略の要としての役割を担う存在である。そのため、トランプ次期大統領の発言は一見突飛な主張のように見えるが、国家安全保障戦略の一環として理解する必要がある。

北極航路を巡る地政学
 地球温暖化の進行によって北極海の氷は年々減少しており、北極航路の通年利用が現実味を帯びている。この北極海航路は大きく3つのルートに分類される。ロシア沿岸を通る「北方航路」、カナダ北部を通る「北西航路」、そして中央部を抜ける「中央航路」である。これらの航路の中でも特に注目されているのは北方航路であり、ロシアはこのルートを「ロシアの内海」として扱う姿勢を見せている。
 北極航路の利点は、東アジアからヨーロッパへの輸送ルートを大幅に短縮できる点にある。従来のスエズ運河を経由する南回り航路よりも40%近く距離が短くなるため、輸送時間が大幅に削減され、燃料コストの節約が期待できる。このため、北極航路は物流革命をもたらす可能性があり、海運業界やエネルギー産業にとって魅力的な選択肢となっている。しかし、航路の通年利用が実現すれば、既存の貿易ルートを巡る競争が激化し、地政学的な緊張を生む可能性がある。これには、今回は言及しないが、日本もかなり巻き込まれることになる。
 同様に中国も、2018年に発表した「北極政策白書」で「氷のシルクロード」構想を打ち出し、北極航路の活用と資源確保を国家戦略に位置づけている。中国の狙いは単なる輸送ルート確保にとどまらず、北極圏に埋蔵されている豊富な資源へのアクセスにもある。北極圏には石油、天然ガス、レアアースなどの資源が多く存在し、米国地質調査所によれば世界の未発見石油資源の約22%が北極圏に眠っているとされる。中国はロシアとの協力を強化し、ヤマルLNGプロジェクトなどを通じてエネルギー確保に動いている。
 すでにロシアは2001年から北極海の領有権を主張し、軍事施設を北極沿岸に増設している。ウクライナ侵攻後、北極圏の環境保護や持続可能な開発を目的とした国際フォーラムである「北極評議会」は事実上機能不全に陥り、ロシアは北極圏での独自路線を強化している。ロシアの北極政策は「エネルギー資源の支配」と「軍事的優位性の確保」に基づいており、戦略拠点としての北極圏支配を進めている。
 米国としては、こうしたロシアの独自の動きに対抗するため、北極圏政策を強化していく必要があり、トランプ前大統領のグリーンランド購入提案は、その象徴的な事例として見るべきだろう。とはいえ、国際社会の協力なしに米国単独での対応には限界がある。北極圏の覇権争いを抑えるためには同盟国との連携が不可欠であり、北極圏のルール形成と国際協力が求められている。

北極圏情勢
 中国の「氷のシルクロード」の進展も、既存の貿易ルートに大きな影響を与える可能性がある。スエズ運河やマラッカ海峡は従来、アジアとヨーロッパ間を結ぶ主要なルートとして機能してきたが、北極航路の通年利用が実現すればその役割は変わる。これは関係国の経済に直接的な影響を与え、既存の国際貿易体制の再編を促す。
 北極圏の地政学的競争は、デンマークやグリーンランド自治政府にも影響を与えている。グリーンランド自治政府は「我々は売り物ではない」と再三にわたって表明し、主権維持を強調しているが、同時に、経済的支援を必要とする立場にあるため、中国の投資に依存する傾向がある。こうした状況は、北極圏におけるパワーバランスの変化を象徴している。このバランスの崩れは、主要メディアがトランプ氏を表層的に危険視しているよりも危険な事態を招く。
 かくして、米中露の北極海を巡る競争は「新冷戦」とも呼ばれる地政学的構図を示唆するに至る。そのなかで、中国とロシアの連携は、北極圏での影響力拡大を目的としたものであり、米国は新たな同盟構築や多国間協力の枠組みを模索する必要に迫られている。

 

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