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2025.01.12

「カール」復活の意味

 67歳の私ではあるが、ノスタルジーというのものは好まない、と思っていた。懐メロも嫌いだし、昭和のころはよかったなんてさらさら思わない。だが、最近、駄菓子に惹かれてしまう。そういう老人も多いのかもしれない。老人ホイホイといった感じで魅惑する駄菓子がコンビニやスーパーマーケットで販売されている。で、私は、ふと「オヤツに」と口を付いて、「カール」と言ってしまい、ああ、カールはもうないんだと思った。しかし、似たような菓子はあるだろうと見ていると、どうやら、似たような菓子なんていうものじゃないものが、あった。
 ところで「カール」なのだが、1968年に登場した駄菓子である。日本のスナック菓子市場を変えた象徴的な存在でもある。高度経済成長期、駄菓子の世界に、かっぱえびせんに次ぐ新しい風を吹き込んだこのスナックは、コーンを原料としたノンフライ製法で作られた軽やかな食感と、チーズやカレーの濃厚でいいかげんな味わいと、そして、1974年から放映された「それにつけてもおやつはカール♪」のCMソングで印象的だった。特にその親しみやすい歌詞と忘れがたいメロディーで多くの人々の記憶に刻まれ、麦わら帽子とひげがトレードマークの「カールおじさん」もスナック菓子界のマスコットとして親しまれた。1990年代には年間売上高が190億円を超え、日本全国で「おやつといえばカール」という認識が広まっていた。
 しかし、諸行無常。1990年代後半から駄菓子の市場環境は大きく変化し始めた。ポテトチップスをはじめとする多種多様なスナックが台頭した。1995年10月23日、新潟県で初めて発売された「じゃがりこ」は衝撃的で、この日は「じゃがりこの日」として、1987年の7月6日の「サラダ記念日」に次いで庶民の祝日となったものだった(嘘)。時代はまず若者から変える。若年層を中心にポテトチップもカールも、「手が汚れる」「味が濃すぎる」といった声も聞かれるようになった(嘘)。そして、次第に駄菓子売り場でカールは存在感を失い、明治は広告費の削減などのコスト見直しを行ったが、ボディコン(誤字)が語られ、そして2017年5月、ついに「カール」の東日本市場からの撤退が発表された。市場を「カールショック」が襲った。このニュースはSNSを中心に大きな反響を呼び、「もう一度食べたい」「子どもの頃を思い出す味がなくなる」といった声が投稿され、スーパーでは「最後のカール」を買い求める人々で売り場が埋め尽くされた。
 「カール」は西日本限定での販売を継続し、東日本の人々によるカールを買うための旅行も定番化したものの、全国区のスナック菓子ブランドとしての役割は終焉を迎えた。この出来事は、懐古的な消費者の支持があっても市場原理に抗えない現実を示した。「昭和」を象徴する菓子ブランドが時代の波に飲み込まれた瞬間は、スナック菓子文化全体に大きな教訓を与えた、はずだった。

「サクまろ」の登場
 「カール」の東日本撤退から5年後の2022年、三重県津市のおやつカンパニーから「サクまろ」が登場した。「サクサク」とした軽やかな食感と「シュワッ」と溶ける新感覚の口どけが特徴のこのスナックは、発売直後から「あの味を思い出す」「これって『カール』の再来?」といった声が上がり、消費者に既視感を抱かせた。原材料にコーンを使用し、ノンフライ製法を採用している点など、基本的な構成は「カール」に酷似しているというか、これってどこがカールと違うの? もちろん、「サクまろ」はただの復刻版ではないとして、おやつカンパニーは「サクまろ」を従来のスナック市場と差別化するため、時代に合わせたマーケティング戦略を展開したらしい、知らないが。デジタルプロモーションの積極活用でされたという。「サクまろ」ではパッケージにQRコードを組み込み、スキャンすると、これっておじゃる丸じゃないのというARキャラクターが出現する仕組みを導入したらしい。知らない。これにより、若年層の間で「ゲーム感覚でお菓子を楽しむ」という新しい体験が生まれ、SNS映えするデザインも支持を得たという。ほんとか。
 いずれにせよ、「サクまろ」の誕生は、単に「カール」の復活を意味するものとしか理解できない。新しい世代に向けた再定義なのか、ただのまんまなのか。昭和から令和へと時代が変わる中で、若年層が求める体験型マーケティングを駆使し、スナック菓子市場に新風を吹き込んだ。「サクまろ」は、しかし、たんなる懐古の駄菓子スナックとして、旧来のファンと新世代を結びつける橋渡しとなった。というか、私はまんまと引っかかった。

何がおきているのか
 「カール」と「サクまろ」の復活の物語は、スナック菓子が単なる食品ではなく、時代と価値観を反映する文化的存在であることを示している、うん、そうだろう。2017年の「カールショック」により、多くの消費者は失われた味への郷愁を覚えたが、2022年に「サクまろ」がその味を再現する形で市場に現れたのだ。「ジェネリック医薬品」のように異なる名前でありながら本質的に同じ体験を提供できた点は、消費者心理の変化を如実に物語っている。というか、カールは日本の食文化において、梅干しとかたくあんとか奈良漬みたいなものになった。
 そして、「カール」の東日本撤退は、製造コスト削減やポテト系スナックの人気上昇など市場原理が実際には正しくないことをも証明した。「コーンスナック」自体の需要が消えたわけではなかった。拙速に過ぎたのである。高齢化社会ということは、高齢者の幻想の文化が開花することなのだ。高齢化した消費者はかつての「おやつの楽しさ」を求め、馴染みのある味を通じて過去の記憶を呼び起こす。企業はこうした感情を見極める必要があった。時代の進化とは、消費者の記憶と期待によって今後も形を変え続けるものなのだ。かくして、私はリメイクした『らんま½』を見ながら、ジェネリック「カール」を食べるのである、手をベタベタにして。

 

 

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