ウクライナへの資金調達
2024年12月、アメリカ財務長官ジャネット・イエレンはウクライナへの200億ドルの融資実施を発表した。これは、G7が2024年6月にイタリア・プーリアで開催したサミットで合意した500億ドルの“特別収益加速”(ERA)ローンの一環である。このうち、アメリカとEUがそれぞれ200億ドルを提供し、残りの100億ドルはイギリス、カナダ、日本が分担した。
特筆すべき点は、この融資が新たな資金の提供ではなく、G7内で既に合意された枠組み内のものである点である。仮にアメリカがこの支援を提供しなかったとしても、EUはその穴を埋める準備が整っていた。そのため、この融資の実施はアメリカが国際的な約束を遵守したことを示すものだ。
一方で、この融資はウクライナの戦争遂行資金には使用されない。資金は世界銀行を通じて運用されるが、同銀行の規定により軍事目的での使用は認められていない。特筆すべきは、アメリカが当初、この融資の一部をウクライナの軍事目的に充てることを期待していたが、世界銀行の規定により断念された点である。この期待は、ウクライナ軍の装備や防衛力向上を早急に支援する必要性を感じていたアメリカ国内での議論を反映していた。しかし、国際社会では、軍事目的への資金転用は支援の信頼性を損ねるとの批判が強く、透明性と適正利用を確保するため、この方針が採用された。この背景には、援助が戦争の激化を招かないようにするための配慮も含まれている。
凍結されたロシア資産とEUのメカニズム
今回の融資の返済計画は、EUの“ウクライナ融資協力メカニズム”(ULCM)に大きく依存している。この仕組みでは、EUがベルギーに凍結したロシアの資産(約2700億ドル)の運用益を活用し、ウクライナがG7諸国への返済を行う。具体的には、凍結資産は金融市場に投資され、その投資から得られる運用益が融資返済に充てられる形となる。この方法は資産そのものを直接消費せず、利益部分のみを活用することで、法的な問題を回避する意図がある。ただし、この計画にはいくつかの不確定要素が存在する。
例えば、EUによるロシア資産の凍結がいつまで続けられるかは不明だ。アメリカ政府は凍結期間を6か月更新から3年更新へと延長するよう求めたが、ハンガリーの拒否によりこの提案は実現しなかった。資産凍結が解除されると、ULCMによる返済も停止し、アメリカの融資は事実上未回収となるリスクがある。
さらに、EUの200億ドルの融資には“ロシア資産の運用益や戦争賠償が得られなかった場合、ウクライナが元本を返済する”という条件が含まれている。このため、アメリカの納税者が最終的に負担を負わないとするイエレン長官の主張には疑念が残る。特に、アメリカの納税者が融資負担を負わないとする見解は、制裁延長がEU内の意見不一致に左右される点で非常に不確実性が高い。
ウクライナ経済の窮状
ウクライナの財政状況は極めて厳しい。国際通貨基金(IMF)の試算によれば、2023年から2027年にかけて、同国は1,220億—1,410億ドルの外部資金が必要とされている。ウクライナの国家予算は主に税収と輸出収入に依存しているが、戦争の影響でこれらの収入が激減している。例えば、2024年の税収は戦前の水準の約60%にまで低下しており、輸出品目である農産物や金属資源の取引も大幅に減少している。今回のG7融資500億ドルはその41%程度に過ぎず、抜本的な解決策とは言えない。
さらに、戦争がもたらした経済的打撃は甚大である。世界銀行の報告によれば、ウクライナの成人の約20%が職を失い、家庭の3分の2が貯蓄や労働収入を持たない状況にある。また、家族の3割が食事を抜いたり減らしたりしている。全人口の3割が貧困に陥り、経済復興の道筋は遠い。
加えて、ウクライナはこれまでの融資返済実績にも問題があった。2024年7月、ゼレンスキー大統領は外国債務の支払い延期を表明し、再編交渉を進める中で、債権者が元本の37%を放棄する事態となった。このような背景を考慮すると、新たな融資が長期的に回収可能かどうかは不透明である。また、ウクライナは国際的な信用評価がデフォルト状態に格下げされており、新たな融資獲得の難しさも懸念されている。
ロシアの国際的な法的闘争
融資返済の資金源として期待されるロシア資産の活用にも課題がある。ロシアは、これらの資産をウクライナ支援に充てることに強く反対している。特に、2013年にヤヌコビッチ政権が受け取った30億ドルのユーロ債に関する返済を英国裁判所に求めるなど、法的措置を進めている。
また、ロシアは戦争賠償の支払い義務を否定しており、戦争の責任が西側諸国にあると主張している。このような状況下で、ウクライナの財政問題をロシアの責任で解決することは難しい。さらに、ロシアが凍結資産を放棄する可能性は低い理由として、これらの資産はロシア政府にとって重要な外交カードであり、ウクライナ支援に充てられることに法的にも政治的にも強く反発している点が挙げられる。また、英国裁判所において、ロシアは2013年のユーロ債の返済問題を含む法的措置を活用して、自国資産の凍結解除を目指している。この資産を返済に充てる計画が実現する保証もなく、長期的な不確実性が続いている。
今後はどうなるか?
ウクライナへのG7の支援は重要であるが、現状は根本的な問題解決には程遠い。特に、2025年の予算の61%を防衛費に充てるウクライナの財政状況を考えると、戦争の早期終結こそが最も効果的な解決策である。
それまでの間、国際社会はウクライナ経済を支えるための新たな資金調達手段を模索する必要がある。具体的には、国際通貨基金(IMF)による追加融資の検討や、ウクライナ政府が再建債を発行して民間投資家から資金を調達する方法が挙げられる。また、欧州復興開発銀行(EBRD)を通じたインフラ投資支援や、戦争終結後の再建を見越した国際的な基金設立も有力な選択肢として考えられる。同時に、融資の透明性と返済可能性を確保する仕組みを構築することが求められる。また、アメリカ財務省が融資の詳細を公開していない点や、ロシア資産が世界銀行によって管理されない点も、透明性向上の課題として挙げられる。
参考:Resposible Statecraft: West confirms Ukraine billions funded by Russian assets
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