OSCEマルタ会議
2024年12月5日、マルタのタカリにおいて第31回欧州安全保障協力機構(OSCE)閣僚会議が開催された。メディアではあまり注目されなかったものの、ウクライナ侵攻を背景とするこの会議は、国際的な対話の試みと、対立と調停を巡る国際社会の努力を象徴する重要な場となった。マルタという開催地の選定は、地中海の中立国としての立場を活かし、深刻化する東西対立の中で対話の機会を提供するという意義も感じられた。
欧州安全保障の要としてのOSCEは、近年その機能不全が顕著となっている。特にウクライナ侵攻以降、ロシアによるOSCEの意思決定に対する度重なる拒否権の行使により、予算の合意が成立せず、事務総長を含む幹部ポストが空席のままという異常事態が続いている。これは、全加盟国の合意を必要とするOSCEの意思決定プロセスが、現在の国際情勢下で深刻な制約となっていることを示している。一方で、OSCEはこれまで東欧諸国の選挙監視や人権保護の分野で多くの重要な成果を上げ、特にウクライナやグルジアなどの紛争地域での和平プロセス支援を通じて、地域の安定化に大きく貢献してきた実績がある。今回の会議では、トルコの外交官フェリドゥン・シニルリオール氏が新たな事務総長に承認される見込みとなり、組織の機能回復への期待が高まっている。
とはいえ、今回の会議における対立は、予想通り熾烈なものとなった。ウクライナのアンドリー・シビハ外務大臣は、初っ端からロシアのセルゲイ・ラブロフ外相を「戦争犯罪人」と強く非難し、ロシアの行動を欧州安全保障への最大の脅威と位置付けた。これに対しラブロフ氏は、OSCEを「NATOとEUの付属機関」と批判し、西側諸国による冷戦の再来を糾弾。さらに、アメリカのアジア太平洋地域での軍事演習を「ユーラシア全域の不安定化を目的としている」と非難し、西側に対する根深い不信感を露わにした。アメリカのアンソニー・ブリンケン国務長官も会議に出席したが、ラブロフ氏との個別会談は行わず、代わりにウクライナへの継続的な支援の必要性を強調した。
ラブロフ氏のEU加盟国訪問は、2022年のウクライナ侵攻以来初めてのことであり、対ロシア制裁下での特異な出来事として注目を集めた。マルタ政府は対話のチャネル維持を理由に招待を説明したが、これに対してブリンケン氏は、ラブロフ氏が「誤報の津波を広めている」と強く批判し、モスクワこそが現在の危機的状況の主たる要因であると指摘した。この応酬は、現在の東西対立の深刻さを如実に示すものとなった。
OSCEの機能回復に向けた課題は山積している。世界中の紛争監視、選挙監視、人身売買対策、メディアの自由確保など、OSCEは幅広い活動を展開しているが、予算合意の不在がその取り組みを大きく制約している。さらに、2026年と2027年のOSCE議長国選定においても、ロシアがNATO加盟国エストニアの就任を阻止するなど、組織運営を巡る対立は続いている。2025年には新たにNATOに加盟したフィンランドが議長国候補として取り上げられているが、この選定プロセスも新たな対立の火種となる可能性がある。
こうした状況に加え、米国の次期大統領選挙の結果は、ウクライナ戦争とOSCEの活動に大きな影響を与える可能性がある。共和党候補者の一部が「ウクライナ戦争の迅速な終結」を主張し、NATO諸国への防衛費増額要求を示唆していることから、西側諸国は支援強化と戦争終結への準備を急いでいる。
国際社会における安全保障と平和維持の重要な枠組みとしてのOSCEの役割は、今後ますます重要性を増すと考えられる。今回のマルタ会議は、ウクライナ侵攻という厳しい現実に対して、対話と協力を通じた平和追求の必要性を再確認する機会となった。OSCEが本来の機能を取り戻し、より効果的な国際協力の場として再生するためには、加盟国間の信頼醸成と組織改革の両面からのアプローチが不可欠であり、特に、意思決定プロセスの効率化や、危機時における組織の対応能力強化など、具体的な改革への取り組みが期待されている。だが、現状を見る限り、その顔合わせの場としての存在の必要性の意義が増しているとしても、解決の方向にないことは明らかとなった。
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