パナマ運河とトランプ次期米大統領
ドナルド・トランプ次期米大統領の話題はこれまでその選挙戦の言説を背景としてきたが、ここにきて、攻撃的な外交政策を示唆するようになった。最初はカナダを米国の51番目の州にするといった冗談だったが、グリーンランドの購入を望んでいると冗談は進展し、パナマ運河の支配権を取り戻すにいたって、これは冗談ではないのではないかという疑念がニュースとなりだした。
パナマ運河に関する彼の主張は、運河の利用料金が米国に不公平であり、中国がこの地域で強い影響力を持つことに懸念を抱いているというものである。これらの背景には、実は彼の一貫した主張である、米国の経済的利益の保護と国家安全保障の確保、中国の影響力への対抗が存在している。
トランプ氏の主張の基底は、米国の経済的利益の保護である。パナマ運河は大西洋と太平洋を結ぶ重要な物流拠点であり、米国の貿易にとって欠かせない存在であり、米国は運河の最大利用国であり、通行する貨物の大半が米国に関連している。しかし、運河の利用料金が年々引き上げられる中で、米国企業にとってコスト負担が増大している。トランプ氏は、米国がこれまでバナマに多大な支援を行ってきたにもかかわらず、不当な料金が課されていると批判し、これを「不公平な剥奪」と位置づけている。彼の発言は、経済的負担を軽減し、米国企業の競争力を守ろうとしている。
加えて、トランプ氏が強調するのは国家安全保障上の懸念である。パナマ運河は、米国軍の迅速な配備や物流における重要な戦略拠点であり、その安定した運営が米国の安全保障に直結している。しかし、運河が現状、実質的には中国の影響下にあるという見方があり、これが米国の地政学的優位性を揺るがすものとされている。中国は「一帯一路」政策の一環として、バナマでのインフラ投資や港湾運営を拡大しており、運河周辺の戦略的拠点を着実に押さえつつあることを考慮すれば、不合理な主張とも言えない。このような状況は、米国の利益を侵害する可能性があるとトランプ氏は懸念しているわけである。運河を「奪回」する可能性を示唆することで、中国の影響力を牽制し、運河の安定した運営を確保しようとする主張には賛同者も多いだろう。
これらの主張は、トランプ氏自身の国内政治的な地位確定の意図も含まれているのは当然だろう。「米国第一主義」を掲げる彼の政策は、支持者の愛国心を刺激し、国内での支持基盤を固める目的がある。パナマ運河問題は、単なる外交問題にとどまらず、米国の栄光や正義を象徴するものとして支持者に訴える力を持つ。彼が「奪回」という挑発的な表現を用いるのも、国内での注目を集めるための戦略であり、これによって支持者の結束を強化する狙いがあると考えられる。
背景の歴史
この機会にパナマ運河問題をまとめておきたい。パナマ運河は、その地理的な位置から、地政学的、経済的に非常に重要な役割を果たしてきた。その歴史は、国際的な力の変遷を反映しており、現在の状況を理解する上で欠かせない。年代順にパナマ運河の歴史を振り返っておこう。
パナマ運河の歴史原点は、1880年代、フランスがパナマ地峡を横断する運河の建設に着手したことである。当時、スエズ運河を成功させたフランスの技術力に期待が寄せられていた。しかし、熱帯の厳しい気候、マラリアや黄熱病などの伝染病の流行、高い死亡率が作業員を苦しめた。また、地形の複雑さや資金難も重なり、フランスのプロジェクトは1889年に失敗に終わった。
フランスの失敗後は、米国がこのプロジェクトに関心を寄せた。1903年、米国はコロンビアから独立を目指していたパナマの分離運動を支援し、パナマの独立を実現させた。その直後、米国はパナマ政府と「パナマ運河条約」を締結し、運河地帯を半永久的に支配する権利を獲得して、1904年に運河の建設を再開し、1914年に完成させた。これにより、米国は太平洋と大西洋を結ぶ戦略的な航路を手に入れ、軍事的および経済的な優位性を確立した。
第二次世界大戦後は、パナマ国内では、運河地帯の米国支配に対する不満が高まり始めた。1964年には暴動が発生し、多くの死傷者を出し、これら事件を契機に、米国とパナマは交渉を開始した。1977年、米国のジミー・カーター大統領とパナマのオマール・トリホス将軍は「パナマ運河条約」を締結し、1999年末までに運河の管理を完全にパナマに移管することが合意された。
かくして1999年、運河は正式にパナマ運河管理局(ACP)の管理下に置かれた。これにより、パナマは運河の主権を取り戻し、その収益を享受できるようになった。しかし、同時に運河の運営と維持の責任も担うこととなり、新たな課題が生まれた。中国の台頭である。
21世紀に入ると、中国がパナマにおける経済的影響力を急速に拡大させた。2017年には、バナマ政府が第二次世界大戦時の中国である中華民国である台湾と断交し、共産党中国との国交を樹立した。この動きに伴い、中国は港湾や物流インフラへの投資を強化し、「一帯一路」政策の一環としてパナマを重要な拠点とした。特に、中国企業は港湾施設の運営や運河周辺のインフラ整備に注力し、地政学的な影響力を拡大しつつある。
トランプ次期大統領が、こうした中国の影響力を米国の利益を脅かすものと見なすのも当然だろう。パナマ運河の戦略的価値を再評価し、「奪回」という挑発的な表現を用いることも彼なりの歴史理解によっている。
パナマ運河の歴史は、フランスの挫折、米国の建設と支配、パナマの独立運動、そして中国の進出という大きな変遷を経てきた。これらの出来事は、運河がいかに国際的な力関係の中心に位置してきたかを物語っているし、冗談とも本気とも取りかねるトランプ氏の言動だが、パナマ運河については歴史的な文脈の中でも理解されるべきであり、今後の国際的な動向に大きな影響を与えるだろう。
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