間接民主主義制度の限界
現代の間接民主主義制度において、選挙は市民の政治参加の中核を担う。しかし、投票行動について議論を深めると、一つの根本的な矛盾が浮かび上がる。それは、「一票が無意味である」という愕然たる事実である。大規模な選挙では、個人の一票が結果を左右する確率は極めて低く、合理的に考えれば、投票行動そのものが「無駄」である。
この問題を数理的に説明したのがアンソニー・ダウンズの合理的選択理論である。この理論は、一票の影響力を統計的に極小化し、投票行動が合理的でないことを示した。一方で、現実には多くの人々が投票を行い続けている。その理由を説明するため、心理的・社会的要因を取り入れた補完的なモデルが提案されてきた。さらに近年では、SNSの普及に伴い、若年層の投票行動が大きな変化を遂げている。従来の「投票をしよう」という倫理的な呼びかけが持つ期待とは異なる結果が生まれ、政治的な結果に予測不能な影響を及ぼす現象が顕著になっている。
「一票が無意味である」という構造的事実をアンソニー・ダウンズの合理的選択理論は、投票行動の期待効用を次のように数式化した:
期待効用=B×P−C
B: 候補者が当選した場合に得られる利益。
P: 自分の一票が選挙結果を左右する確率。
C: 投票にかかるコスト。
ここで重要なのは P、すなわち「自分の一票が結果を左右する確率」である。特に大規模な国政選挙では、P は統計的に無視できるほど小さい。例えば、数千万票が集まる選挙では、一票が決定的な影響を与える確率は天文学的に小さくなる。米国大統領選挙では数千万人以上の有権者が投票するため、個人の一票が結果を左右する確率は極めて低い。例えば、選挙人団システムでは全体の得票率ではなく州ごとの結果が鍵となり、一票の影響力はさらに希薄になる。日本の衆議院選挙においても、2017年の総選挙では投票総数が約5,600万票に上り、個々の一票が議席配分に与える影響は統計的にほぼゼロであった。このため、小選挙区制が提案されたが結果的に政治的選択を排除することになった。
従来、投票率の低迷に対して「投票をしよう」という倫理的な呼びかけが行われてきた。この呼びかけには暗黙裡に次の期待が含まれていた。一つは、民意の反映である。投票者が増えれば、より多くの民意が政治に反映される、と。もう一つは、理念の実現である。呼びかけを行う者の期待する価値観や理念に沿った投票行動が増加する、と。しかし、近年ではこの期待が爽快なまでに裏切られる事例が増えている。特にSNSの普及により、情報の流通経路が多様化し、従来投票に参加しなかった無党派層や無投票層が、SNSの影響で突発的に投票行動を起こすようになったためだ。
これはどういうことなのか。一票が無価値であると感じる、あるいは政治そのものを重視しない人々が、SNSを通じて動員される現象が顕著になっているが、この背景には、次のような要素が挙げられるだろう。まず、脱理念性のニヒリズムである。投票行動が政治的信念や理念に基づくのではなく、SNS上で話題となった情報やムーブメントに依存している。次に、想定外の多数票である。従来は「無党派層」や「無投票層」とされてきた人々が、SNSの影響を受けた結果、意図せず大きな票数を生み出し、選挙結果を予測不能なものにしている。2021年の広島県知事選挙では、SNSを通じた若者向けキャンペーンが活発化した。その結果、従来の有力候補ではなく、突発的に注目された候補が多数票を得る形となり、選挙結果に大きな影響を与えた。そして見事なまでにマスメディアが崩壊したことを露呈した。このような現象は、旧来の構造化された理念を持たない投票行動が集積した結果として現れた一例である。
SNSでカオスとなった民主主義の投票制度を顧みると、従来の無党派層や無投票層といった一見政治に無関心であった層が、実は民主主義制度の選挙における根本的な矛盾、すなわち「一票の無価値」という深淵を露呈させないために有益に機能していたことがわかる。
これまで、無党派層や無投票層が選挙に不参加であったことは、一見民主主義の欠陥に見えるかもしれない。しかし、彼らが政治に参加しないことで、選挙制度の表面的な安定性が保たれていた側面があったのだ。彼らがSNSを通じて突発的に投票行動を起こし、無価値と思われていた一票が集積されることで、予測不能な結果が生まれ、民主主義の根本的な矛盾が明るみに出たのである。
この状況は、民主主義制度の持つ脆弱性を露呈するとともに、従来の選挙制度がもつ前提そのものを揺るがし、新たな課題を生んでいる。アンソニー・ダウンズの理論が示す「一票の無意味さ」は、個人の一票が統計的に結果に影響を与えないことを指摘している。一方で、SNSの普及により「掘り起こされた多数票」が結果を左右する事態が生じている。この矛盾は次のように整理できるだろう。個人の一票の無価値: 選挙規模が大きくなるほど、Pの値は限りなくゼロに近づく。だが、SNSが引き出す脱理念的な投票行動が集積し、結果として従来の予測を覆す選挙結果を生む。このように、SNSが生む新たな投票行動の様相は、従来の選挙制度や倫理的呼びかけの枠組みを超え、民主主義の新たな課題を提示している。
一定規模のある間接民主主義において、「一票が無意味である」という現象は、選挙の構造的制約に由来し、数理モデルをいかに拡張しても覆ることはない。しかし、これは、暗黙裡に、政治的無関心層によって民主主義的な健全さが維持されてきたことを示していた。一票が無価値だからこそ、間接民主主義が維持されてきたのである。ところが、この無価値それ自体が、SNSの普及によって投票行動が変容し、この無党派層や無投票層が突発的に動員される結果、予測不能な「多数票の力」が結果を左右する事態が生じた。この新たな現象は、従来の「投票をしよう」という倫理的な呼びかけの暗黙の期待を裏切る形で現れたものであり、その方向では解決の見込みないだろう。
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