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2024.12.13

第二期トランプ政権下での日本

 まず問われるのは、日米同盟の質的変化だろう。トランプ政権の「アメリカファースト」政策は、基本路線は第一期と同様ではあるがさらに戦後築かれてきた日米同盟の根本的な再定義を迫るものとなるだろう。選挙期間中の単なるスローガンではなく、メルケルの自伝にもあるように、同盟国との関係を取引的なものとして捉え直す実質的な政策転換を意味するはずだ。顕著なのは、安全保障上の利益供与に対する明示的な対価の要求、二国間での利害調整の重視、多国間協調枠組みの軽視という三点である。
 全体的な見取り図からすると、日米同盟の非対称性は新しい時代を迎えることになる。日本が専守防衛を採用し、米国が攻撃的抑止力を提供するという基本的な役割分担は冷戦期に確立された構造であるが、もはや現代の安全保障の状況に適合的していない。グレーゾーン事態や経済安全保障上の脅威に対しては従来の役割分担では十分に対応できない。石破政権は、この構造的な課題に対して、新たな役割分担の枠組みを提示する必要に迫られる。
 在日米軍駐留経費の増額要求は、それが政治的な劇としてどのように表現されるかにかかわらず、具体的な表現となるだろう。2019年7月に当時のジョン・ボルトン大統領補佐官が打診した現行の2000億円から8000億円規模への増額は予想される。駐留経費に加えて、米軍の活動範囲拡大に伴う追加的なインフラ整備費用、訓練移転費用、さらには在日米軍の装備更新費用の一部負担にまで及ぶ。これは日本の防衛予算全体から日本政府の予算の枠組み全体に大きな影響を与えることになる。
 費用増大は単なる財政負担の問題を超え、「統合抑止力」の観点から見ると、日本の防衛力整備の優先順位、すなわち日本主導の防衛戦略に直接的な影響を及ぼす。統合抑止力は、従来の物理的な軍事力に加えて、サイバー空間、宇宙空間、電磁波領域における能力を統合的に運用することを意味するが、米軍駐留経費の大幅増額は、これらの新領域における日本独自の能力構築のための予算を圧迫する。軍事を背景としたバランス外交は理念だけとなるだろう。すでに日本のウクライナ全振りはその前兆である。
 些細に思えるかもしれないが、石破政権と第二期トランプ政権の対応において、大枠が決定されているがゆえに、指導者の個人的な信頼関係の構築の重要性は増す。単なる首脳間の相性の問題ではなく、制度化された協議の枠組みの不在という構造的な問題を内包しているなかで、日米安全保障協議委員会(2+2)や日米防衛協力のための指針(ガイドライン)といった既存の制度的枠組みは、トランプ流の取引的アプローチの下では十分に機能しない可能性が高い。指導者がどのように実務方との信頼性を誘導するかがポイントになる。

経済安全保障
 経済安全保障においても新展開が予想される。経済安全保障とは、経済活動を通じた国家の安全保障上のリスクを管理し、戦略的な優位性を確保することだが、第二期トランプ政権下が、どちらかといえば平穏であれば、同盟関係よりも二国間での経済的利益が優先される。日本にとって、同盟国としての立場と、アジアの主要経済国としての立場の両立という複雑な要請を突きつけられる。米中対立が深刻化する中で、日本は両国との経済関係のバランスを取る必要に迫られる。なおこの際、日本側のカードとして、米国債市場における日本の地位(最大の外国保有国)は重要な意味を持つかが暗黙に問われる。年間約1.2兆ドルという保有規模は、米国の国債発行残高の約4.8%を占める。それなりにトランプ政権の対日要求に対する一定の抑制要因となりうる。
 戦略的産業、特に半導体産業における日米協力は、経済安全保障政策の核心となる。TSMCの熊本工場設立は、単なる投資案件ではなく、先端半導体のサプライチェーン再編という戦略的意味を持つ。だが、台湾との関係において、この投資は経済的な意味を超えて、安全保障上の重要性も持つ。台湾有事の際のサプライチェーン維持という観点からも、日本国内での生産能力確保は死活的に重要であり、3ナノメートル以下の先端半導体製造能力の確保、研究開発拠点の整備、人材育成システムの構築という三つの要素を含む総合的な取り組みとして、経済産業省は多額の投資を試算しているが、このシナリオ自体に日本官僚の昭和ノスタルジーと平和ボケが滲んでいる。
 自動車産業への影響も深刻になりうる。トランプ政権による10~20%の追加関税導入は、日本の自動車メーカーに年間約1兆円の追加コスト負担を強いる懸念がある。直接的な関税負担に加えて、メキシコやカナダの生産拠点の再編コスト、サプライチェーンの見直しに伴う支出を含む。GDP比で約1.2%の経済損失という試算は、これらの複合的な影響を反映したものである。
 戦略的デカップリング、つまり、安全保障上重要な分野における対中依存度の選択的な低減は、重要鉱物の分野で課題となり、レアアースについては、中国への依存度を減少させてきたが、さらに代替供給源の開発、リサイクル技術の向上、備蓄体制の強化が求められる。この転換には移行計画と政府支援が必要となる。
 技術安全保障の観点からは、量子コンピューティングや人工知能分野での新たな日米協力の枠組みが必要となるが、ここでも経済産業省が検討する「重要技術管理法制」は、技術情報の管理と研究開発の自由のバランスという課題を演出しているにすぎない。重要インフラの防護、データの越境移転規制、暗号技術の管理といったサイバーセキュリティといったお題目ではなく、優先順位と何を切り捨てるかの局面になるだろう。
 対する石破政権の政策決定プロセスは、「ネオ・コーポラティズム」と見られ、政府、経済界、労働界の三者協調による政策形成の枠組みの中で展開される。が、端的に言ってその機能の実態は存在しないに等しい。経済安全保障政策と財政再建という二つの要請の間で、明確な優先順位付けさえできていない。

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