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2024.11.10

再び世界最大の感染症として浮上する結核

 結核が再び世界で最も致死率の高い感染症として浮上したとWHO(世界保健機関)の2024年の報告が示した。2023年の結核による死者数は125万人に達し、COVID-19による死者数を上回ったのである。かつて結核は感染症による死亡原因としてCOVID-19に次ぐ位置に下がっていたが、パンデミック後の医療資源の再配分と診療体制の混乱が、再流行を助長しているとの見方もあるようだ。
 WHOのテドロス・アダノム事務局長は、「結核は予防も治療も可能な病であるにもかかわらず、依然として多くの命を奪っている」として、対策強化の必要性を訴えている。しかし、先進国と途上国の医療格差が残る中で、限られた資金をいかに配分し、最も効果的な対策を実施するかは依然課題となっているだろう。そこにある奇妙な疑念のようなものがある。

BCGワクチンの非特異的効果
 現状、結核予防の中心となっているのは、1921年から使用されているBCGワクチンである。このワクチンは、乳幼児の結核性髄膜炎や粟粒結核など重篤な結核感染に対する予防効果が認められており、低コストで普及が可能であることから、特に途上国では広く使用されている。しかし、BCGワクチンにはいくつかの課題もある。成人に対する効果が限定的であり、結核の完全撲滅には力不足であること、そしてツベルクリン検査で偽陽性を引き起こすため(これは日本にとって奇妙な特有な問題でもある)、診断精度に影響を及ぼすことが指摘されている。
 他方、BCGワクチンの評価には、非特異的効果も含まれている。BCGは結核菌に対する特異的な免疫反応を引き起こすのみならず、他の呼吸器感染症や敗血症など広範な病原体に対しても免疫力を強化する非特異的効果があることは確認されている。この効果は、BCGが自然免疫と獲得免疫の両方を刺激し、一般的な感染症リスクに対する抵抗力を高める「バイスタンダー活性化」というメカニズムに起因するものだ。この作用により、5歳未満の子供の死亡率を50%以上低減させる可能性も示されており、公衆衛生上の価値は非常に高いと見られている。BCGのこの非特異的効果は、特に医療リソースが限られた途上国において意義深い。幼少期の基礎的な免疫力を向上させることで、広範囲の感染症リスクを軽減するという多面的な効果があり、BCGは結核以外の感染症対策にも貢献している。

新しいワクチンM72/AS01E
 とはいえ、BCGワクチンの課題を補うとして、成人への予防効果が見込まれる新しいM72/AS01Eワクチンが新しく登場した。このワクチンは、結核菌由来の特定抗原(Mtb32AとMtb39A)を基にしたサブユニットワクチンであり、BCGとは異なり生菌を使用せず、特定の抗原によって免疫を誘導するため、免疫不全の患者にも適用できると見られている。M72/AS01Eは免疫反応を強化するアジュバントAS01Eを使用しており、臨床試験においては成人への結核感染予防に約50%の有効性が確認されている。
 しかし、この効果が長期的に持続するか、BCGを大幅に上回る予防効果があるかについては新薬ゆえの継続的な研究は必要になる。COVID-19パンデミック以降、感染症ワクチン市場の拡大に伴い、製薬業界ではmRNAやサブユニットワクチンなど新技術を投入し、市場開拓を急速に進めているが、M72/AS01Eもその一端である。だが、新ワクチン開発が先進国市場向けに偏り、価格の高さや供給体制の整備が課題となり、実際に最も必要とされる途上国での普及が難しくなる懸念もある。新技術によるワクチン開発は、収益性を伴う市場戦略の一環として加速しているが、結果として先進国中心の利益構造に偏り、途上国がその恩恵に与れない現状がある。そうした背景のなかで、この新ワクチンは、ある意味、奇妙な立ち位置にあるとも言える。

BCGワクチンとM72/AS01Eの課題
 BCGワクチンは安価で既存の供給体制が安定していることから、費用対効果が高いとされている。特にその非特異的効果により、結核以外の感染症リスクをも減少させる効果が確認されており、途上国の公衆衛生上のメリットは極めて大きい。一方で、BCGが成人には限定的な効果しかもたらさない点や、ツベルクリン検査での偽陽性リスクを生じさせる点は課題でもある。対して、新しいM72/AS01Eは技術的に進んでおり、特に成人に対する予防効果が期待されているものの、製造コストが高く、途上国自身の課題としてしまうなら、供給において多くの課題を抱えている。現状、WHOは結核予防に年間22億ドルの資金目標を掲げているが、その資金が新薬開発や先進国中心の市場利益に偏る構造があり、途上国の現実的な医療ニーズに応じた資金配分がなされない。だが、そこは、つまり、先進国が金を融通せよという仕組みが求められていると言っていいだろう。それが有効ならそれでいいし、実際に有効ではありそうだが。

結核対策の格差と現場支援の現実
 先進国では結核の発生率が低くなっているが、移民や貧困層には依然として感染リスクが残っており、多剤耐性結核(MDR-TB)の増加も新たな課題である。これに対し、途上国ではBCGが唯一のワクチンとして利用されているが、経済的支援や医療リソースの不足が結核対策の進展を妨げている。新ワクチンの導入に際しても、資金不足と供給体制の未整備により、実用化が進まず、感染拡大が続いている現状がある。この状況に倒して、なんらかの構造的な対応は必要だが、それでも単に新薬開発や先進国への利益配分に資金を振り分けるのではなく、現地で実効性のある医療支援を提供し、公衆衛生を向上させるための体制整備が急務だろう。この問題の焦点が、ある意図的に逸らされていくような感じがしてならない。

 

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