中国と台湾の軍事緊張
2024年10月、台湾海峡で中国による大規模な軍事演習「Joint Sword-2024B」が実施された。戦闘機、艦船、ロケット部隊が動員され、台湾周辺の港の封鎖や海上・地上目標への攻撃がシミュレートされた。タイミングは台湾の頼清徳総統が10月10日の国慶節演説で台湾の独立を再確認した直後であり、中国政府による台湾への強い警告の意図が明確だった。
軍事演習に至る背景には、両岸の政治的立場の違いがある。頼総統は演説で「中華人民共和国は台湾を代表する権利を持たない」と明言し、台湾の独立国家としての立場を強調。中国政府は強い反発を示し、台湾独立への断固たる反対を表明。ここまでは例年通りといってよく、軍事的圧力の強化へとつながる。が、エスカレートしている。
緊張の高まりは数字にも表れている。中国軍用機の台湾防空識別圏(ADIZ)侵入回数は急増し、2021年の2回から2023年には726回に達した。ADIZとは国家が安全保障上の理由から設定する領空外の空域を指す。この侵入回数の増加に伴い、台湾軍のスクランブル発進回数も増加し、しだいにパイロットや機体への負担が深刻化している。どこかで何かが切れるのを中国は待っている。
政治的・外交的側面の複雑さ
軍事的緊張の背景には歴史的・政治的要因が存在する。中国政府は「一つの中国」原則を堅持し、台湾を中国の一部とみなしている。この方針に基づき、中国は「一国二制度」の下での統一を提案している。「一国二制度」とは、一つの国家内で異なる政治体制を認める中国の統治方針を指す。しかし、香港での民主主義の後退が台湾の不信感を強めており、この提案の実現性は低下している。なお、日本人には奇妙かもしれないが、台湾政府、特に国民党独裁時代には、台湾も「一つの中国」原則を持っていた。形式的には今も持っている。台北政府は中国本土の政府であるという建前はある。
さて、中国の強面の姿勢に台湾側の対応は慎重だ。頼清徳政権は「現状維持」を強調し、「台湾は独立も統一も求めず、現状も変えない」という立場を取る。この政策は台湾国内で広く支持されているが、中国は圧力をじわじわ増大する。この問題は両岸関係にとどまらず国際社会を巻き込みつつある。米国はキシンジャー政策で国連の中国政府をしゃらっと北京政府に入れ方さい、これまでの台北政府への責務から、米国法だが「台湾関係法」を事実上台北政府に与えた。機能的には日米安全保障条約に近いが、台湾の安全を保障するもので、以来台湾への武器供与を続けている。台湾関係法は、台湾との非公式な関係も規定しているが、国連の都合上、長く北京政府のメンツを守ってはいた。が、近年戦略的になし崩しになっていく。
台湾は台湾で自国の国際的地位向上を試みてはいるが、中国はこれを阻止するために様々な手段を講じており、特に台湾の国際機関への参加を阻止する活動が目立つ。この外交戦は、軍事的緊張とも並行して進行しており、各地域の安定に大きな影響を与えている。端的にいえば、中国政府がお金をばらまくならまだよいが、小武器をばらまいているのだ。
経済的相互依存と半導体産業の重要性
政治的・軍事的な緊張とは対照的に、中国と台湾の経済は深く結びついている。2023年の両岸貿易総額は約2,800億米ドルに達し、特に台湾の対中輸出依存度は高く、全輸出の約40%を占めている。この経済的相互依存関係は、両岸関係の複雑にする。注目すべきは台湾の半導体産業の存在である。台湾は世界の半導体生産の重要拠点であり、特に先端半導体の生産では圧倒的なシェアを持つ。この産業の重要性が、台湾の戦略的価値を高めると同時に、安全保障の一環でありつつも、中国との緊張関係における脆弱性にもなっている。
最近の軍事的緊張の高まりは、経済関係にも影響を及び、台湾企業が中国からの生産拠点移転を加速させている。これがグローバルなサプライチェーンの再編にも波及し、特に半導体産業では、各国が自国生産の強化を図るなど、地政学的リスクへの対応が進む。日本では、表向きは「ものづくり日本、栄光の半導体産業」のような馬鹿げた修辞が使われるが、裏にある動機は、半導体に依存する安全保障上の恐怖なのである。
偶発的衝突のリスクと日本の立場
経済的な微妙な相互依存関係がある一方で、先に触れたように軍事的な緊張の高まりは偶発的な衝突のリスクを増大させている。軍事活動の増加に伴い、誤解や事故から紛争が拡大する危険性が現実味を帯びてきている。2024年2月には金門島付近で中国漁船と台湾当局の船が衝突し、中国人2人が死亡する事件が発生したが、このような小規模な衝突が、より大きな紛争に発展するリスクが懸念される。中国の軍用機が台湾のADIZに頻繁に侵入していることは、誤解や事故のリスクを高める要因となっている。こうしたリスクを軽減するため、現実的に様々な取り組みが進められている。両岸間のホットライン設置や、国際的な仲介努力などがその例だが、これらの取り組みが十分な効果を上げているとは言い難い。
緊張状態は、地域全体の安全保障に影響を及ぼし、日本もその例外ではない。日本は国連の手前「一つの中国」政策を支持しつつ、台湾との非公式な関係を強化するという微妙なバランスを取っている(この背景には民間レベルで膨大な物語もあるのだ)。とりあえず日本も防衛政策として、台湾有事を想定した準備を進めるてはいるが、率直なところ、斜め上に暴走しそうな石破政権自体が大きなリスク要因になりつつある。
今後の展望と国際社会の役割
今後の展望だが、短期的には(1-2年)、現在の緊張状態が続く可能性が高い。中国は軍事的圧力を維持しつつ、経済的な影響力を利用して台湾の孤立化を図ると予想される。一方、台湾は国際社会との連携強化を通じて、中国の圧力に対抗しようとするだろう。この期間、先述した偶発的な衝突のリスクは高い水準で推移すると考えられる。中期的な展望(5-10年)では、軍事バランスが中国に有利に推移すると予想されるが、台湾の戦略的重要性は半導体産業などを背景にまだ維持されるだろう。この状況下で、国際社会の関与がこの地域の安定に重要な役割を果たすと考えられる。長期的には、というのを以前、𝕏(Twitter)で呟いたら、奇妙なバッシングをくらった。世界を中長期的に見れない輩にそのヴィジョンを見せるものでもないなあと思ったので、ここでは控えておく。
中長期的には米中関係の動向が重要になる。これは特段言うまでもないが、問題は従来のような継続的な米国関与の延長ではどうにもならなくなる地点が見始めることだ。おっと、そこを述べるのは控えておくということだった。
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