NIH新局長に指名されたバタチャリア氏
2024年11月、ドナルド・トランプ次期大統領はスタンフォード大学の医療経済学者であるジェイ・バタチャリア(Jay Bhattacharya)氏を次期国立衛生研究所(NIH)局長に指名した。この指名は、彼の過去のCOVID-19対策に関する批判的な立場と、その論争的な研究活動によって、多くの関心と議論を呼んでいる。
まずバタチャリア氏の経歴や指名の背景を簡単に説明しよう。彼は、1968年、インドのコルカタで生まれ、スタンフォード大学で学び、経済学と医学の両方で博士号を取得した。その後、RAND Corporationで経済学者として活動し、スタンフォード大学では医学、経済学、健康政策の教授として長年にわたり研究を続けてきた。また、同大学における高齢化と健康経済の研究センターを率いるなど、彼の研究は主に医療経済学や公衆衛生政策にも精通している。
彼の評判には、高齢者の医療費負担の分析や、政府プログラムの効果に関する評価が含まれる。また、彼の研究は特に医療制度改革の経済的影響についての洞察を提供し、世界中の政策立案者に大きな影響を与えてきた。彼が特に注目を浴びるようになったのは、COVID-19パンデミック時に、その対策への批判的な立場を取ったためである。なかでも、2020年に発表された「グレート・バリントン宣言」は、彼と共著者たちが提唱したものであるが、この宣言では、低リスクの人々には感染を許容し、集団免疫を目指す一方で、高リスクの人々を重点的に保護することを主張した。パンデミックによる社会的・経済的損失を最小限に抑えることを目的としたものだったが、、この方針は、科学的な根拠の不足や倫理的問題から、世界保健機関(WHO)をはじめとする多くの専門家から批判を受ける結果にもなった。それでも一部の政治家や科学者からは支持を得ており、パンデミック対策における一つの意見として考慮されてはいた。
NIH局長指名の背景
NIHは、米国における最も重要な医学研究機関であり、5万点以上の研究助成を通じて世界中の科学者を支援している。しかし、パンデミック中の政策対応を巡り、共和党の一部からはNIHの運営に対する批判が強まっていた。トランプ氏の初期政権でもNIHの予算削減が試みられ、次期政権ではさらなる構造改革が計画されている。
バタチャリア氏の指名は、この改革を主導する人物として期待されている一方で、彼の過去の発言や行動が新たな懸念を生んでいる。特に、パンデミック時における彼の意見が一般的な科学的見解と異なるものであったことが、科学界の一部からの強い反発を招いている。一方、トランプ政権は、バタチャリア氏を通じてNIHにおける改革を迅速に進め、効率性と経済的視点を導入することを目指している。その中には、研究資金の分配方法の見直しや、研究分野の優先順位の再設定などが含まれている。
科学界と政治界の反応
バタチャリア氏の指名に対して、科学界と政治界の反応は分かれている。一部の専門家は、彼が「証拠に基づく科学者(Evidence-Based Scientist)」であることを評価し、NIHの改革に適任だと主張しているが、彼のCOVID-19対策に対する見解を「非主流的」とする批判も少なくない。例えば、WHO事務局長テドロス氏は、彼の集団免疫戦略を「非倫理的で実現不可能」と批判した。
こうしたバタチャリア氏の指名は、トランプ次期政権の他の人事とも関連して注目されている。同じく指名されたロバート・F・ケネディJr.氏は、NIHを含む健康政策全般を監督する役割を担う予定であり、彼の反ワクチン的な発言や科学的な視点に対する懸念が浮上している。このような背景から、バタチャリア氏がどのようにしてNIHの独立性と科学的信頼性を維持するかが注目されている。科学者たちは、研究の独立性が保たれなければ、科学的発展が阻害されるリスクがあるからだ。
NIHの課題と展望
いずれにせよ、すでにバタチャリア氏の指名によって、NIHはこれまで以上に注目される機関となるだろう。一部の専門家は、NIHの助成金制度や研究分野の優先順位における抜本的な改革が必要だと訴えている。例えば、リスクの高い「機能獲得研究」や、胎児組織を用いた研究への資金提供が再び制限される可能性があるとも予測されている。さらに、NIHの構造改革案として、現在の27の研究所を15に統合する提案や、リーダーの任期制限を導入する案も議論されている。これらの改革は、NIHの効率性を向上させると期待される一方で、科学研究の自由や多様性を損なうリスクも伴う。
国際的な視点から見ると、バタチャリア氏の指名は他国の公衆衛生政策にも影響を与える可能性がある。パンデミック対策における米国の立場が変われば、国際的な協調がどのように進むかも変わる。
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