« イランによるイスラエルへの大規模ミサイル攻撃 | トップページ | 2024年のジョージア議会選挙を巡って »

2024.10.03

石破茂首相が提唱する「アジア版NATO」構想

 石破茂首相が提唱する「アジア版NATO」構想は、それがパーティー・ジョークの類でないとするなら、日本の安全保障政策における大きな変革を目指しはしているし、御本人としては、存外に当面、いたってその気なのかもしれない。いずれにせよ、打ち出されてしまったこの構想は、大国・日本の将来に関わることなので諸外国に独特の印象を与えるだろう。アジア地域における集団的防衛体制を構築し、中国の台頭や北朝鮮の脅威、そして台湾を巡る緊張に対応することを目的としているとも受け止められる。欧州におけるNATO(北大西洋条約機構)をモデルに、アジアでも同様の安全保障の枠組みを形成するというこの提案は、米国や中国、ロシア、ASEAN諸国をはじめとするアジア各国からもそれなりの反応を引き起こすだろう。その際、NATOの現状やその抱える問題も、アジア版NATOの実現可能性を考える上で重要な示唆を与えてくれる。

まとめ

  • 石破茂が提唱する「アジア版NATO」は、中国の軍事的台頭に対抗するための集団防衛体制を目指しているが、実現には多くの課題がある。
  • 米国はこの構想を一部歓迎する可能性もあるが、主導権の喪失や地域の緊張の高まりを懸念して慎重な立場を取る可能性が高い。
  • ロシアと中国は、この構想の発表を自国に対する軍事的脅威と捉え、反発するだろう。ロシアは、ウクライナ戦争の決着後には、BRICS諸国との新しい世界秩序を模索する立場を強めると予想される。
  • ASEAN諸国は、経済的利益や地域の安定を重視し、中国との対立を避けたいと考える一方で、特定の国々は防衛協力への関心を持つ場合もある。

石破茂の提案の背景

 石破茂首相は、自国の防衛政策を再定義し、より積極的にアジア地域での安全保障に貢献する必要があると強調している。彼の提案は、「今のウクライナは明日のアジア」との警告に基づいており、ロシアのウクライナ侵攻を中国と台湾に置き換える形で、アジアにおける集団的自衛体制の欠如が将来的にこの地域に戦争を引き起こす可能性が高いと彼が見ていることによる。つまり石破は、NATOが欧州においてロシアの脅威に対抗しているのと同様に、アジアでも中国に対抗するための防衛同盟を構築する必要があるとも考えている。あるいは、日本の近年の右派の典型的な思想をなぞっているだけであるかもしれないが。
 とはいえ、石破が好む日本の憲法第9条は戦争放棄を明記しており、集団的自衛権の行使には厳しい制約がある。2016年に施行された安全保障関連法により、日本は限定的に集団的自衛権を行使できるようになったものの、その範囲は「存立危機事態」に限定されているため、NATOのような集団的防衛体制に積極的に関与することには限界がある。また、アジア諸国の多くには、中国との経済関係を重視しする勢力がおり、また軍事的脅威を共有するまでには至っていないことも、その実現を阻む要因となっている。そもそも日本に軍事的なリーダーシップが取れるとは期待されていないし、どの国も内政の不安定要因が大きいものである。

米国の立場は承認か、危険視か?

 米国は、アジア版NATOの提案に対して微妙な立場を取ると考えられる。米国はインド太平洋地域でのリーダーシップを維持し、中国の台頭を抑止するために、日本との強固な同盟を必要としているのは確かだ。この提案が地域の安全保障を強化するものであるならば、米国にとって歓迎すべき要素も含まれてはいる。特に、中国との競争が激化する中で、アジア諸国が自律的に防衛体制を強化することは、米国の負担を軽減する可能性がある。
 米国はしかし、自国優先でアジアでの軍事的主導権を維持したいと考えており、この構想が「対等な日米関係」を提唱している点については、米国の影響力を削ぐ可能性があると懸念するだろう。米国は、アジアでの軍事力を確保するため、日本や他の同盟国に依存しているが、石破の提案が、冗談の域を超えて進行するならば、米国の活動が制約されるリスク要因になる。また、アジア版NATOが地域の緊張を高め、米国と中国の関係をさらに悪化させる可能性もあるため、段階的に慎重な姿勢を取ることも予想される。

中国の懸念と強い反発

 中国にとって、石破茂の提唱するアジア版NATOは、それが言明されるだけでも直接的な軍事的脅威になる。石破は台湾問題や南シナ海での中国の拡張主義に対抗するために、この防衛体制を構築すると提案しており、これが万が一にでも実現されれば中国の戦略的利益を大きく損なう。特に、アジア版NATOが台湾の防衛を含む形で構築されれば、「核心的利益」と表現し台湾を自国領土と主張する中国にとっては看過できない問題となる。中国は、この動きに強く反発し、地域の緊張を一層高め、段階的に先手を打ってくるだろうし、すでに打っているのが昨今の厚顔な行動かもしれない。
 中国にとっては、アジア版NATOは他のアジア諸国を巻き込んで中国を封じ込める枠組みと映ることは間違いない。中国はすでに、米国が主導するインド太平洋戦略に対して警戒を強めており、アジア諸国がアメリカの側に立って軍事的協力を強化することは、自国の影響力を削ぐ試みとして反発するだろう。その結果、地域全体が軍事的エスカレーションに巻き込まれる偶発的リスクが高まり、南シナ海や台湾周辺での衝突リスクも増加することが懸念される。安全を求めることは、必ずしも安全を実現することにはならない。

ロシアの視点と懸念

 ロシアもまた、アジア版NATOの創設に対して強い懸念を抱く。ロシアは中国と軍事的な連携を強化しており、特にウクライナ侵攻以降、米国とその同盟国に対抗するためのパートナーシップを着実に築いている。アジア版NATOが中国を抑え込むための枠組みとして機能するならば、ロシアはこれを自国の安全保障に対する脅威と見る。ロシアにとっては極東地域での軍事的・経済的な影響力を確保することは、将来的な北海路の維持のためにも重要であり、日本が主導する形で新たな軍事同盟が形成されれば、ロシアの戦略的な立場が脅かされる。
 ロシアとしてはウクライナ戦争に所定の決着を示した後は、同盟国とBRICS諸国との新しい世界秩序を模索したい。ロシアにとって中国はすでにその戦略的パートナーであり、アジア版NATOがこの関係を多少なりとも脅かすものであれば、ロシアは軍事的・外交的に強く反発するだろう。ロシアは、欧州におけるNATOとの対立に加え、さらにアジアでも同様の軍事的圧力に直面する可能性が高まれば、二つの大陸で同時にプレッシャーを受けることになる。そうなれば、まずは脆弱なアジア版NATOに強硬な姿勢を見せるだろう。というか、すでに見せているのではないかという事例が連想される。

欧州NATOの現状とアジア版NATOへの示唆

 欧州におけるNATOは、ロシアの脅威に対抗するために長年機能してきたが、ウクライナ戦争を経て潜在的だった問題を露呈させた。まず、NATO加盟国間での意見の相違が顕著になっている。例えば、トルコやハンガリーといった国々は、NATOの他の加盟国とは異なる外交政策や安全保障上の立場を取っており、統一した対応を取ることが困難になっている。また、NATOはロシアとの対立を激化させる要因ともなっており、ウクライナ危機では、意図的に失念されているむきもあるが、NATOはこの軍事活動に直接介入できないというのが前提であった。
 これらの問題はアジア版NATO実現に示唆する点が多い。まず、アジア諸国間の外交政策や安全保障上の利益が大きく異なることから、統一した防衛体制を築くことが難しい。欧州においてさえ、NATO加盟国間での意見の相違が問題となっていることを考えれば、より多様な文化的・政治的背景を持つアジアでは、こうした相違がさらに顕著になる。
 すでに述べたが、NATOが直面しているようなロシアとの直接的な対立が、アジアにおいて中国との対立を深める結果となる可能性も高い。アジア版NATOが中国を標的とした防衛同盟として機能すれば、中国はこれに対抗するための軍事的対応を強化するほかはなく、地域全体が軍事的エスカレーションに巻き込まれるリスクが高まる。この動向は、いわば中露の「パシリ」を意欲的に買って出る北朝鮮の動向にまず現れるだろう。

インドの立場は非同盟の伝統とバランス外交

 インドは、中国との国境紛争やパキスタン関係、さらにインド洋での影響力争いに直面しているため、地域の防衛協力に当然関心は持っている。が、インドは伝統的に非同盟外交を維持する傾向があり、アジア版NATOのような明確な軍事同盟に参加することには慎重となるだろう。インドの外相も、すでに石破の提案に対して否定的な見解を示しており、アジア版NATOが現実化する場合でも、インドが積極的に参加する可能性は低いと見られている。
 インドは、米国や日本との戦略的パートナーシップを維持しつつ、中国との経済関係も重視し、バランスを取りながら独自の外交政策を追求しているし、そのことが自国の理性的な自己陶酔になるといった奇妙な性格を示している。このため、インドがアジア版NATOに参加するかどうかは、その時折の地域情勢やインドと中国の関係次第である。
 また、インドには隠れた大国主義の傾向があり、変なところを叩けば、斜め上に走り出す懸念もないではない。基本的に予測不能な大国となっていくなかで、グローバルな構想は滑稽な反照を受ける可能もある。

ASEAN諸国の反応と懸念

 ASEAN諸国にとって、アジア版NATOの提案は、撞着表現になるが、単純に複雑な問題である。多くのASEAN諸国は、中国との強固な経済関係を築いており、アジア版NATOのような防衛同盟に参加することは、経済的に重要なパートナーである中国との対立を引き起こすリスクがある。特にインドネシア、マレーシア、タイといった国々の中間上位層は、中国との経済連携を強化しつつ、地域の安定を維持したいといまだに考えており、中国を軍事的に刺激するような動きには慎重な姿勢を取る傾向がある。
 他方、フィリピンやベトナムのように、中国と直接的な領有権紛争を抱えている国々にとっては、アジア版NATOのような防衛上の枠組みは、風向きによっては、一定の魅力を持っている。フィリピンは南シナ海における領土問題で中国と激しく対立しており、近年はアメリカとの防衛協力を強化している。また、ベトナムも同様に南シナ海での中国の動きに強い警戒感を持っているため、石破の提案には一定の支持を修辞的に示す可能性がある。
 結局のところ、ASEANの基本的な反応としては、とりあえず中国との対立を回避しつつ、地域の安定と経済成長を優先するため、防衛同盟への積極的な参加には消極的な姿勢が強い。ASEAN諸国は、独自の地域協力体制を通じて多国間の問題を解決するアプローチを好むので、外部勢力による軍事同盟への参加は、ASEANの中立的立場を揺るがしかねないという懸念を抱いている。

アジア版NATOの実現可能性

 石破茂が提唱するアジア版NATOの実現には多くの課題がある。というかその非現実性を除けば課題しかない。日本自身が憲法第9条による制約を抱えており、集団的自衛権の行使範囲が限定されている。アジア諸国の多くは中国との経済的利益を重視しており、共通の脅威として中国を捉えることが難しい。米国がこの構想を支持するかどうかは修辞を外せば微妙である。ロシアや中国の強い反発が予想される中で、日本周辺地域の安定をどのように維持するという難問に対して、石破茂が提唱するアジア版NATOは、やっかいな先延ばしの口実となるのではないか。

 

|

« イランによるイスラエルへの大規模ミサイル攻撃 | トップページ | 2024年のジョージア議会選挙を巡って »