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2024.10.25

2024年米国大統領選挙の裏にいる億万長者

変貌する政治献金の新時代
 2024年の米大統領選は、前例のない規模で政治献金の構造的変化を鮮明に示している。トランプ陣営の14人、ハリス陣営の21人の億万長者支援者たちが、選挙戦の資金的基盤を形成し、両陣営の政策や方向性に大きな影響力を持ちつつあるのだ。トランプ陣営ではカジノ王の未亡人ミリアム・アデルソンが1億ドルを提供し、ハリス陣営ではフェイスブック共同創設者ダスティン・モスコビッツやジョージ・ソロス親子などが巨額の献金を行っている。
 この変化の転換点となったのは2010年のシチズンズ・ユナイテッド対FEC裁判である。この判決により、政党が持っていた資金力の中心的役割が個人に移行した。この点について、トム・デイビス元下院議員は、この変化が政治の極端化を加速させていると警告している。従来、政党は中道的な政策を促進する役割を果たしてきたが, その力が失われつつある。
 米国では、政治献金の性質そのものが変質している。一言でいうなら、「政治とお金の関係は億万長者のための砂場となった」(公益派弁護士フレッド・ウェルトハイマー)である。かつては企業や業界団体が中心だった政治献金が、今や個人の億万長者による巨額の献金が主流となり、その結果として政策決定過程がより不透明になる。

両陣営の資金調達戦略
 トランプ陣営とハリス陣営で、資金調達の性質は対照的な様相を見せている。ハリス陣営は3億6100万ドルを集め、新規献金者約130万人の95%が200ドル未満の小口献金者という草の根的な特徴を持つ。これはオバマ政権以来、民主党が築き上げてきたインターネットを活用した資金調達戦略の成果といえる。他方、トランプ陣営は億万長者からの大口献金への依存度が際立って高い。これは単なる戦略の違いではなく、小口献金の獲得に苦戦している結果でもある。しかし、その分だけ献金者一人あたりの金額は大きく、政策への影響力も強まる可能性がある。
 両陣営とも産業界の重要人物からの支援を受けている点は注目に値する。トランプ陣営ではイーロン・マスク(ステラ, スペースX)、スティーブン・シュワルツマン(ブラックストン)といった産業界のトップが名を連ね、ハリス陣営ではブルース・カーシュ(オークツリー・キャピタル)、レイ・マクガイア(ラザード)など、金融界やテック業界の重鎮が支援を表明している。この構図は、政治と産業界の結びつきがより直接的になっていることを示唆している。

産業界との密接な関係性
 両陣営の支援者との関係では、利益相反の可能性が共通の課題として浮上している。トランプ陣営では、マスクの政府効率化委員会長就任の約束が注目を集める。スペースXが国防総省の主要契約者であることを考えると、この人事は明確な利益相反のリスクをはらんでいる。また、シュワルツマンは前政権時代に米中関係での非公式な仲介役を務め、自身の投資ビジネスと政府の利害が交錯する状況を生み出した。ハリス陣営でも、ウォール街やシリコンバレーの大物による支援は、金融規制やテック業界の政策に影響を与える可能性がAる。特に、フェイスブックの共同創設者や大手投資会社のCEOらによる支援は、デジタルプラットフォーム規制や金融政策の方向性に影響を与えかねない。
 本質的な問題は、産業界のリーダーたちが、自身の事業領域に関連する政策形成への影響力を求めている点だ。これは民主、共和両党に共通する課題であり、現代米国の政治システムが抱える構造的な問題を示している。

政策決定と献金の関係
 両陣営とも、支援者の利害と政策との関係性が重要な検討課題となっている。トランプ陣営ではかつて「詐欺」と批判していた暗号通貨政策だが、これを支持に転換して、トランプ一家が支援する金融プラットフォームとしてワールド・リバティ・ファイナンシャルを設立した。献金者の利害に沿った政策転換が見られる。これに呼応するように、暗号通貨業界からの支援も増加している。他方、ハリス陣営では、テクノロジー規制や金融政策を巡る立場が注目される。シリコンバレーの大手企業幹部やウォール街からの巨額献金は、プラットフォーム規制やウォール街改革といった重要政策に影響を与える可能性がある。アンディ・ホール氏のような石油業界からの支援は、環境・エネルギー政策との関連で問題とすべきだろう。
 選挙後の政権移行期も重要な観点だ。トランプ陣営では、移行委員会共同議長のルットニックが人事での忠誠心テストを提案し、政策決定の独立性を脅かす可能性が指摘されているが、ハリス陣営でも、ウォール街出身者の経済政策チームへの起用が予想され、金融規制政策への影響が懸念される。さらに、両陣営とも、主要献金者たちが非公式な政策アドバイザーとして影響力を持つ可能性がある。前トランプ政権でシュワルツマンが果たした役割や、ハリス陣営での金融界・テック業界リーダーたちの影響力は、この構造的な課題を象徴している。

民主主義の岐路に立つ米国
 2024年の大統領選挙は、本来なら、政治献金と民主主義の関係を根本から問い直す転換点となるべきだった。両陣営とも、巨額の献金と引き換えに支援者たちが影響力を求める構図は共通しており、これは現代米国の民主主義が直面する本質的な課題を示している。特に憂慮すべきは、政策決定過程の不透明化である。公式な政府ポストを持たない億万長者たちが、非公式なチャネルを通じて政策に影響を与える状況は、民主的なガバナンスの観点から問題をはらむ。トランプ陣営でのマスクの役割案や、ハリス陣営での金融界・テック業界リーダーたちの影響力は、その典型例といえる。
 小口献金と大口献金のバランスも重要な論点である。ハリス陣営は小口献金で優位に立つ一方、大口献金者との関係も深い。トランプ陣営は大口献金への依存度が高く、それが政策の独立性に影響を与える可能性がある。この構造的な違いは、両陣営の政策決定の自由度に影響を与えかねない。
 そもそも論で言うなら、シチズンズ・ユナイテッド対FEC裁判以降の政治資金システムそのものを見直す必要性がある。個人の億万長者による巨額献金が政策形成に過度な影響力を持つ現状は、民主主義の理念との整合性が問われている。政治資金規制の再構築、透明性の確保、利益相反の防止など、包括的な制度改革の議論が求められている。

 

 

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