ウクライナ極右という課題
少し昔の話だ。冷戦後の政治的不安定を背景に、ウクライナの極右勢力は浮上した。2014年の「マイダン革命」は、ヌーランド元米国務次官などの支援もあって、ウクライナで民主化要求と反ロシア感情を引き起こし、極右勢力が反ロシア闘争の一翼を担う状況を生んだ。この抗議運動は、ウクライナ国民が腐敗した政権を打倒し、ヨーロッパとの関係を強化しようとしたものであり、極右勢力にとってはそのナショナリズムを正当化する機会となった。彼らは独自の志願兵部隊として武装闘争に関与した。アゾフ大隊やスヴォボーダ党などがその中心的役割を果たした。極右勢力は国内で一定の支持を得ると同時に、武装勢力としての影響力を強めたのである。
ロシアは、こうしたウクライナ極右の活動をプロパガンダに利用してきた。ロシアの政府はウクライナの政府を「ネオナチ政権」と呼び、国際的な正当性を欠いたウクライナへの侵攻を正当化するために、この極右問題を取り上げていた。この戦略は、ウクライナのイメージを国際的に損ねることを目的としており、ウクライナの極右勢力がロシアのプロパガンダの絶好の標的となった。ロシアは「ウクライナにおける極右勢力の拡大」を口実に軍事行動を正当化することで今も自国民の支持を集めようとしている。
問題のきっかけ
現在に戻ろう。2024年10月、オレクサンドル・メレシュコがウクライナ極右の脅威について警告したとのフィナンシャル・タイムズの記事がウクライナ内外で注目された(参照・参照)。彼はウクライナ議会の外交委員会委員長であり、ゼレンスキー政党「国民の僕」のメンバーである。この記事で、メレシュコは「ウクライナの極右勢力が和平交渉の妨げになり得る」と警告し、国際的にも反響を呼んだが、幸い日本はこうした場合の国際社会には所属していない。彼は、ウクライナの極右勢力がウクライナの民主主義と和平交渉にとって深刻なリスクをもたらしていると強調した。これはウクライナ社会の中でも意見が分かれる要因となり、国際社会でも従来のウクライナ観に疑問を投げかける結果となった。
メレシュコの発言は、ウクライナ国内での和平交渉が「降伏」と見なされる可能性を示唆している。第三突撃旅団の指揮官であるドミトロ・クチャルチュクやマクシム・ゾーリンは、メレシュコを「極左の臆病者」と呼び、激しく批判した。彼らはウクライナの極右は国の安全保障の基盤であると主張し、ウクライナの極右の存在がウクライナの防衛にとって欠かせない要素であると強調した。構図上、当然、そうなる。
アゾフ大隊創設者であるアンドリー・ビレツキーも和平交渉に対して強硬な反対意見を示し、「ウクライナの国土を守るためには最後まで戦うべきである」との立場を強く表明した。ビレツキーは、過去に極右的なイデオロギーを持ち、ウクライナの白人至上主義を公然と主張していたが、現在はその立場をやや和らげるよう努めているようだ。にもかかわらず、彼の発言にはいまだに極右の影響力が色濃く残っており、ウクライナ国内における和平交渉の議論を一層難しくしている。
極右グループの背景
ウクライナにおける極右グループはどのようになっているのだろうか。アゾフ大隊は2014年に設立され、反ロシア闘争の象徴となった。設立当初から白人至上主義やネオナチ的な思想を持つメンバーが多く、武力闘争を通じてそのイデオロギーを広めることを目的としていた。この大隊は、2015年にウクライナ国家警備隊に吸収され、現在は生まれ変わってアゾフ旅団として活動し、極右思想からの脱却を試みていると主張している。そう信じている人も多い。しかし、その象徴である「狼の鈎」や「黒い太陽」などのネオナチシンボルが未だに使われていることから、極右的な性質が完全に払拭されたとは言えないと見る者も少なくはないようだ。
アゾフ旅団以外にも、ボランティア部隊であるブラッツトフ(兄弟団)やクラーケン部隊、さらにはロシア義勇軍団などの極右に関連する武装勢力がウクライナには存在する。これらの部隊は、ウクライナ国内および前線で活動を行い、その影響力を国内外に広げている。特にブラッツトフはクリスチャン・ナショナリストの思想を掲げ、ウクライナ社会における保守的価値観の強化を図っている。クラーケン部隊はアゾフ大隊から派生した部隊であり、主に前線での戦闘活動を通じて極右思想を広めている。
極右勢力の影響と課題
ウクライナ社会において、極右勢力は「防衛者」としての象徴的な存在感を持っているが、こうした支持を得ている理由の一つは、ロシアの侵攻に対する国民のナショナリズムの高まりであり、極右が国防において果たしている役割が支持を集めていたからである。特に、アゾフ旅団や第三突撃旅団は、ロシアとの戦闘で重要な役割を果たしており、その功績は国内で広く認められていた。
しかし現在、こうした支持もウクライナ国内での分裂にある。ウクライナの極右勢力は、LGBTQ+コミュニティやフェミニスト活動家に対する暴力的行為を行うことが多く、その行動は国内のリベラルな層からの反発を招いている。歴史学者マルタ・ハヴリシュコ(2022年3月に息子とスイスに国外逃亡中)は、西洋およびウクライナのメディアが極右勢力の存在を過小評価していると指摘し、ウクライナの極右勢力の存在がウクライナ社会において大きな問題をもたらしていると指摘している。彼女はまた、ウクライナ政府が極右勢力の影響力を抑えるための取り組みを怠っていると批判しており、極右勢力が国内の政治や社会におけるリベラルな価値観を脅かすリスクについて警鐘を鳴らしている。
政治的影響と今後の展望
さて、ウクライナの極右勢力をどう見るか。難しい。2019年の選挙において、極右政党の支持率はわずか3%未満であり、政治的な主流からは遠ざかっている。しかし戦争が続く中で、極右勢力が軍内では影響力を強め、将来的に政治的な影響力を持つ可能性がある。特に、アゾフ旅団やその他の極右グループが戦闘で果たした役割は、国内でそれなりに支持を得る要因となっており、戦後の情勢によっては、彼らが再び政治的な地位を確立しようとする可能性があるとも考えられる。
ウクライナの極右勢力が現時点で直接的な政治的影響力を持つとは考えにくい、とする論者でさえ、戦争後の情勢によっては状況が変わり得ると考える。ウクライナ国内の「民主」主義が戦争によって停止しているため、極右勢力がこれ以上支持を拡大する余地も限られているが、和平交渉がロシア側の条件に基づいて進んだ場合、その結果が極右勢力にとって「裏切り」とみなされることで、彼らは政治的な地位を強化しようとする可能性もありうる。
ウクライナの戦争が停戦または和平交渉により終結した場合、極右勢力がその過程で、なんらかの手段で政治的影響力を強める可能性は、あるかないかと言えば、おそらくあるだろう。ウクライナがロシアに対して領土を譲渡するような形で和平を結ぶことになれば、それに対する国民の「裏切り感情」が極右勢力に利用される恐れもある。このような状況下では、極右勢力が再び政治的に活躍するための足がかりを得るというシナリオはそれほど突飛なものでもない。ウクライナにおける極右の存在は、ウクライナの民主主義と社会的安定にとって、いまだに挑戦的な要素であり、今後の展開に「識者」の注目が集まっている。
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