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2024.10.21

ドルの地位に対するロシアの挑戦

 2024年10月6日にYouTubeのNeutrality Studiesチャンネルで、元セルビア中央銀行総裁のデヤン・ショシュキッチ(Dejan Šoškić)氏がドルの地位に対するロシアの挑戦について取り上げおり、とても示唆深いものだったので、ブログ記事の記事にまとめておきたい。

まとめ

  • ロシアなど一部の国々がドル資産の凍結を受け、ドルへの信頼性が低下している中、BRICS諸国はドル依存から脱却するための決済システムを構築しつつある。
  • ロシア経済はエネルギー資源や農産物を豊富に保有するため、制裁に対して高い耐性を持ち、低い公共債務も財政の強さを支えている。
  • 欧州企業の撤退によりロシア市場には中国などの新興国が進出し、欧州諸国はエネルギー価格高騰による製造業の競争力低下に直面している。

ドルの支配とその揺らぎ
 ドルは長年にわたり世界経済の中心的な存在であり、国際取引や貯蓄の手段として広く利用されてきた。背景には、第二次世界大戦後のアメリカの経済的および軍事的優位がある。この時代のブレトンウッズ体制下で、ドルは金と交換可能な通貨として国際的に認められ、信頼性が確立されたが、1971年のニクソン・ショック後も依然としてドルは国際取引の主要通貨として機能し続けている。しかしデヤン・ショシュキッチ氏は、近年のアメリカや欧州連合(EU)による制裁措置がドルの信頼性を揺るがす可能性があると見ている。
 ロシア、イラン、ベネズエラといった国々のドル資産が凍結されたことでドルに対する信頼が低下していることにショシュキッチ氏は懸念している。この動きは一部の国々がドルを避け、代替手段を求めるきっかけとなってきており、長期的にはドルの国際的な地位に悪影響を与える恐れがあるからだ。また各国中央銀行が保有する外貨準備におけるドルの割合は59%に減少しており、これはかつての水準から低下している。

ブリックス諸国とドルへの対抗策
 ドル依存から脱却しようとする動きが特にBRICS諸国で顕著であるとショシュキッチ氏は見ている。これが、ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカから成るブリックス諸国がドルに依存しない国際取引を求め、各国が独自の決済システムを構築を模索している背景である。すでに中国は「中国国際銀行間決済システム(CIPS)」を、ロシアは「金融メッセージ伝送システム(SPFS)」を導入しており、ドルを介さない貿易が進められている。インドの統一決済インターフェースもその一例であり、これらの取り組みはそれぞれにドル依存からの脱却を進めている。BRICS諸国でも中央銀行デジタル通貨(CBDC)を活用した新たな決済システムの導入が論議されており、国際金融システムの変革が進行中である。
 このような動きがドルの支配を脅かす要因となる一方で、ショシュキッチ氏は現状ではドルの地位を完全に置き換えるのは容易ではないとも指摘している。ドルが持つ金融市場の深さや信頼性は依然として強力な要素であり、短期的にはドルの優位性は揺るがないだろうと分析している。

ロシア経済の実態と誤解
 各国の脱ドル化には、ウクライナでの戦争とも関連しており、ロシアから挑戦という側面もある。関連してショシュキッチ氏は、西側諸国がロシア経済を「小規模で脆弱」と捉える傾向があることは誤りだと指摘している。西側の識者が、ロシア経済を単なる「ガソリンスタンドのような経済」とみなしていることがあるが、実際にはロシアはヨーロッパ最大の経済圏であり、実力は名目GDPだけでは計れない。購買力平価(PPP)に基づくGDPを考慮すると、プーチン露大統領が誇るように、ロシアは世界第4位の経済大国であり、規模はドイツや日本を上回る。
 ロシアの経済の骨格は西側資本主義国とは異なり、エネルギー資源、鉱物、農産物などを豊富に保有していることから、自国でほとんどの必要資源を賄うことができる自己完結型である。このことがロシア経済を外部からの影響を受けにくくしている。制裁に対しても高い耐性を持っているのはこのためである。ロシアの貿易黒字は対GDP比で99.7%と非常に高く、他の輸出志向国を上回る水準でもある。

ロシアの公共債務と財政の強さ
 ロシア経済の強固さを支える要因の一つとして、ショシュキッチ氏はその低い公共債務も挙げている。ロシアの公共債務はGDPのわずか17%であり、これは先進国と比較して極めて低い水準である。対して、アメリカや日本、欧州諸国はそれぞれ100%を超える債務を抱えており、財政の脆弱性が定期的に問題視されている。
 この点、ロシアは大規模な貿易黒字を維持しており、エネルギー資源の輸出が主要な収入源となっている。石油や天然ガス、鉱物資源の豊富さがロシアの経済を支え、輸出主導型の経済を形成している。このような財政状況により、ロシアは国際的な金融市場への依存度が低く、制裁による影響を最小限に抑えている。

資産凍結の影響とロシアの富裕層
 欧米諸国によるロシアの富裕層に対する資産凍結について、これが予想外の結果を生んでいるとショシュキッチ氏は見ている。理由は、その結果ロシアの富裕層は国外に資産を移すことに迷い、ロシア国内への投資が増加しているからだ。西側諸国はロシアのオリガルヒ(富裕層)に対して制裁を課し資産を凍結することでロシア経済に圧力をかけようとしたが、これが逆にロシア国内経済を活性化させる結果となった。
 また、ロシアの軍事産業は依然として国家主導で運営されており、政府の指示の下で生産能力を拡大できる。ロシアの軍事産業は、西側諸国の民間企業主導のそれとは対照的で、経済的に持続可能な形で軍事力を保ち続けることができる。第二次世界大戦時にロシアがウラル山脈の向こう側に軍需工場を移し、短期間で大量の兵器を生産した歴史的事実が、この産業基盤の強さを裏付けている。

ヨーロッパの失策とロシアの市場
 ショシュキッチ氏は、欧州諸国がロシアとの経済関係を断つことで、皮肉にもロシア市場が中国や他の新興国にとって大きなビジネスチャンスになっていることも指摘している。欧米企業が撤退したロシア市場では、その隙間に中国企業が迅速に進出し、ロシア国内での存在感を増している。ロシアの自動車市場では早々に中国製の車が欧州車に取って代わり、急速にシェアを拡大した。他方欧州諸国の製造業は、エネルギー価格の高騰によって厳しい状況に直面しており、競争力が低下している。ロシアからのエネルギー供給が途絶えたことで、エネルギーコストが増大し、製造業がその影響を今後も受けることになる。

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