脱ドル化の模索というBRICSの野心的構想
2024年10月にロシアのカザンで開催されるBRICS首脳会議(サミット)では、国際金融システムの改革に関する重要な議論が行われる可能性が高まっている。特に注目されているのは、一部で議論されている金を基礎とする共通通貨の可能性についてである。この構想が実現すれば、単なる通貨の話にとどまらず、世界経済の構造そのものを揺るがす可能性があり、日本経済にも大きな影響をもたらすだろう。
ここでは、BRICSが推進する「脱ドル化」の背景を探り、その実現可能性を吟味し、将来の予想をしてみたい。また、日本経済への波及効果についても考察する。
記事のまとめ
- BRICSの脱ドル化構想は、国際金融システムに大きな変革をもたらす可能性を秘めている。しかし、その実現には多くの課題が存在し、完全な脱ドル化よりも、多極化された国際金融システムへの緩やかな移行が現実的なシナリオかもしれない。
- 日本を含む世界各国は、この変化に備えて戦略を練る必要がある。特に日本は、米国との同盟関係を維持しつつ、アジア諸国との経済関係も強化するという難しいバランス外交を求められるだろう。
- 今後の国際金融システムの行方は、世界経済の安定と繁栄に直結する重要な問題である。BRICSの動向、米国の対応、そして各国の適応戦略を注意深く観察し、分析していく必要がある。
脱ドル化への要望の歴史的背景
BRICSが脱ドル化を目指す背景には、現行の国際金融システムへの根深い不満がある。このシステムには、米国の影響力が色濃く反映されているからだ。新興国からすれば、自国の経済政策の自由度を制限する桎梏にさえ映るだろう。
このシステムの起点は、1944年のブレトンウッズ会議である。それ以前は、米ドルは金と交換可能な主要準備通貨として君臨していた。1971年のニクソンショックで、ドルと金の交換性は失われ、以降、国際通貨体制が今日の世界状況となっている。この派生で、ドルは石油取引の主要通貨(ペトロダラー)としての地位を確立した。世界経済はますますドルに依存するようになり、この構造が米国に莫大な利益をもたらす一方、他国は米国の通貨政策に翻弄される立場に追いやられたと見る国が少なくない。
BRICSの試みは、この不均衡な状況を是正し、より公平で安定した国際金融システムの構築を目指すものである。彼らの挑戦は、単なる経済政策の変更にとどまらず、世界秩序の再編を視野に入れた壮大な社会実験とも言えるだろう。
脱ドル化への歩み
BRICSの脱ドル化への取り組みは、すでに具体的な形を取り始めている。新開発銀行(NDB)と偶発的準備措置(CRA)の設立は、その顕著な例である。これらの機関は、既存の国際金融機関に頼らず、BRICS諸国が自立的に資金を調達し、経済的安定を確保するための基盤ともなるだろう。さらに注目すべきは、ドルを介さない新たな決済システムの開発である。最先端のブロックチェーン技術を駆使し、国境を越えた取引の円滑化を目指している。
これらの取り組みは、現状では完全な脱ドル化というよりは、段階的な実現を示唆しているかもしれない。例えば、サウジアラビアはドル以外の通貨での石油取引決済にオープンであると発言し、ドル以外の通貨での石油取引が増加傾向にあるとの報告もある。
BRICSの動きに呼応するように、周辺国も独自の取り組みを進めている。例えば、インドネシアは地域決済システムを推進し、二国間取引でのルピア使用を強化している。ASEANでは、統一QRコードを用いた地域決済の仕組みづくりを進めており、シンガポールとの国境を越えた決済システムの構築も、その一環である。
これらの動きを俯瞰すると、完全な脱ドル化よりも、多様な通貨や決済システムが共存する未来図が浮かび上がってくる。国際金融システムは、脱ドル化というより、米国一極集中から多極化へと、緩やかにシフトしていく可能性がある。
金裏付け共通通貨への期待と課題
BRICSが検討していると言われる金裏付け共通通貨は、魅力的な構想と言えるだろうか。利点はある。フィアット通貨(不換紙幣)と比べて安定性が高く、インフレからの防御壁にもなり得る。世界の政治的変動の影響を受けにくいという特徴もある。
しかし、この構想には当然難関が待ち受けている。技術面では、ブロックチェーンシステムのセキュリティ確保や、既存システムとの相互運用性の実現が当面の課題である。新通貨システムの安定性と完全性を担保することも、決して容易ではない。規制面での課題も山積している。国際的な規制の調整、コンプライアンスの確保、法的枠組みの整備、監督機関の設立など、クリアすべきハードルはかなり高い。また、参加国間での通貨政策の調整も、現実的には難しい舵取りを要するだろう。
そもそも論として、いくら金裏付け通貨であっても、根本的には利子を基盤とする金融システムに依存することには変わりはない。歴史を顧みれば、金本位制から離れていった過程があり、通貨と金との関係が希薄化したのが歴史的な動向であった。
予想される米国の対抗措置
BRICSの脱ドル化構想は、国際金融システムに地殻変動をもたらす可能性を秘めており、現状の覇権国である米国が、この動きを座視するとは考えにくい。米国は、これまでドルの支配的地位を梃子に、経済制裁などを通じて強大な影響力を行使してきた。この特権的地位を簡単に手放すはずがない。
米国の対応としてはまず、自国の金融システムの魅力を高めるための改革をさらに加速させるだろう。それで済めば問題はない。だが、経済、外交、規制など、多岐にわたる領域でも対応が展開されるだろう。例えば、BRICSの新金融システムのリスクを誇張したり、既存の国際金融機関を通じて圧力をかけたりする可能性がある。
日本経済への影響
BRICSの脱ドル化の動きは、日本経済にも無視できない影響を及ぼすだろう。なにより、日本は、あまりに多額の外貨準備(主にドル)を保有している現状がある。2024年3月末時点で、日本の外貨準備高は約1兆3,000億ドルで、その大部分がドル建て資産である。ドルの国際的地位の低下は、これらの資産価値に少なからぬ影響を与える可能性がある。国際金融市場における円の立ち位置も、相対的に変化するかもしれない。
その波及効果は多岐にわたる。まず、為替リスクの様相が変化する可能性がある。円ドル為替レートへの依存度が低下する一方で、新たな通貨との為替変動リスクが生じるかもしれない。日本企業は、為替リスク管理の手法を根本から見直す必要に迫られるかもしれない。
貿易パターンの変容も予想される。BRICSを含む新興国との取引で、ドル以外の通貨での決済が増加すれば、日本企業は新たな決済システムや通貨管理の導入を余儀なくされる。エネルギー輸入への影響も看過できない。日本はエネルギー資源の大半を輸入に依存している。石油取引がドル以外の通貨で行われるようになれば、エネルギーコストの予測や管理方法の抜本的な見直しが必要になるかもしれない。
これらの変化に適応するため、日本は各地域の経済圏との関係強化を図る必要があるだろう。まず、アジア太平洋地域での経済協力の重要性が一層増す。ASEANなどとの経済連携を深化させることが当面の課題となるだろう。技術面でも、新たな国際決済システムへの対応が求められる。日本の金融機関やフィンテック企業は、新技術の開発や導入を加速させる必要がある。
国際機関における日本の立場も変化するかもしれない。IMFや世界銀行などの国際金融機関での日本の影響力が、再評価される可能性もある。なにより、日本は米国の同盟国でありながら、経済面では中国を含むアジア諸国との関係も重要である。脱ドル化の流れは、日本がこれらの関係のバランスを取ることを、より難しくする可能性がある。
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