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2021.09.17

無意味な暗記と昔のこと

 この夏、64歳になった。父が62歳でなくなっていて、その姿を老いに思っていたのだから、それからさらに2年近くも生きている自分が奇妙な気もしないでもないが、親族には90歳近く生きる人もいるし、思えば父の父、私の祖父、そして曽祖父も長寿な人であって、父も長生きするつもりでいたのだろうと思う。
 自分はというと早世すると信じていたので、長く生きたものだ。人生を振り返ってもいい時期には達しているせいか、そんなことを思うのだが、実際に思うのは存外に些細なことが多い。その一つが無意味な暗記である。なんとなく暗記しているが、それになんの意味があったんだろうかという奇妙な感じのするあれである。
 具体例。私は般若心経を暗記している。260文字なので暗記しようと思えば暗記できるものではなかろうか。というのを16歳のころ思って暗記した。ついでに観音経の偈文も暗記したのだが、途中で飽きた。理由は簡単で、事実上無意味だからだ。無意味なものの暗記といういうのは、あまり心地よいものではない。とはいえ、般若心経のほうはとりあえず頭に入ったので、人生おりおり特になんにもすることがないとき、頭の中の般若心経を読んでいる。実際読経もできるので、それが理由で人生に3回くらい褒められたことがある。お若いのにいい信心してますなと言われたこともある。そうだろうか。そんなわけでなんども脳内読者をしているうちに般若心経についてはいろいろ考えたし、過去にブログにも書いた。とはいえ基本的に今は関心がない。脳の記憶の書架に聖書の横に並んでいるだけだ。
 他にそれに類するものがあるか思い、ふと「富士山麓オウム鳴く」というのを思い出す。
 最近の若い人は知っているだろうか。5の平方根である。語呂合わせで、数字にすると 2.360679である。これを人生で使ったことがあるかというと、いくどかあるような気がする。状況は覚えてないが、なんか使ったな。ほかに、「人並みにおごれや」「一夜一夜に人見頃」「菜に虫いない」とかある。便利さは同様なのだが、それぞれのゴロの意味を考えると奇妙な感じがする。「菜に虫いない」のは普通だが、いることもある。「人見頃」ってなんだ?ストーカーか。まあ、意味はないのだ。が、意味の像は結ぶ。「西向く侍」は熊谷次郎直実であろうかとか、しょーもないことも思うのだが、そもそもなんでそれがしょーもないのか説明するのがめんどくさい。
 円周率にも類するものがある。が、決定版はないようだ。数字では、3.14159235 であっているかな。小数点8桁である。最近では使わない。が、円周率を見ると、8桁くらいはあってるかなと確認する。どうでもいいが、355÷113は 3.14159292035 小数点6桁まであっている。これはけっこう使ったものだ。どこでつかったかというと、電卓で、である。電卓にπがないときや簡易なプログラミングでπがないときに、(355/113)としておくのである。
 で、思い出したのだ。
 私がアマチュア無線の電話級の免許を取ったのは、12歳のときで、当時は筆記試験だった。で、基本の電気磁気は父に教わったのだった。11歳のころではないだろうか。小学4年生だったか。小学5年生だったか。いずれにせよ、そのころに中学生の数学はすんなり終えていた。早熟ではあっただろうが、特段天才でもないが。初等数学は微積分くらい小学生でも学習できるものだ。(と思って、自分の子供に試して失敗したが、結果的んは4人の子供の3人は私より数学ができるようになった。)
 父に電気磁気を教わった歳、彼は自身が学んだ電気磁気の教科書を持ってきたのだが、その巻末には数字の表があった。対数表である。対数計算に使う。三角関数の表もあった。工学系のこうした書籍には巻末にみんなこれが付いていたのものだ。いつからかなくなった。電卓が普及したころだろうか。
 電卓が普及したのは、1970年代中頃で、僕が高校生になるころにはあっという間に安価になっていた。思い返すに中学まで電卓はなくて、筆算か計算尺であったな。平方根計算も筆算でしていたが、今できるかというと、もうできない気がする。
 もう半世紀も前の話だ。古い時代のことでもあるし、中学生のころは今でもけっこうヴィヴィッドに思い出せもするので身近なことのようにも思う。

 

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2021.09.16

日本的陪審員制の結果のような印象

 2019年4月19日、当時87歳の飯塚幸三被告が運転するプリウスでの暴走によって、青信号の横断歩道を自転車で横断中の母娘を死亡させ、また他の通行人ら9人に重軽傷を負わせる事故が起きた。飯塚被告は自動車運転死傷処罰法違反(過失運転致死傷)の罪に問われたが、東京地裁の裁判では、遺族には謝罪の意を告げたものの、罪状認否では「アクセルペダルを踏み続けたことはないと記憶している。車に何らかの異常が生じ、暴走した」と過失を否認し、弁護士は無罪を主張していた。裁判は9月2日に判決が下り、ブレーキとアクセルのペダルの踏み間違えはなかったとする被告の主張は否定され、「アクセルを最大限踏み込み続けた。ブレーキは踏んでいない」と認定された。この地裁判決を被告が受け入れれば裁判は終わり、禁錮5年の実刑が確定する。彼は控訴するか世間の関心が高まっていたが、今日の報道で、控訴しない意向を固めたと伝えられた。被告と面会した加害者家族を支援するNPO法人の理事長の話では、被告は遺族や被害者に対して申し訳ない、判決を受け入れ、罪をつぐないたいと話しているということだ。これで裁判は終わった。
 私はひとつ疑問が残った。飯塚被告自身はアクセルペダルの踏み間違えを認めたのだろうか? 自分が見渡した報道からはその言及はなかった。印象では、彼は踏み間違えを認めてはいないだろう。別の言い方をすれば、死者も出した事故への謝罪の気持ちとして、控訴を断念しただけなのではないだろうか。
 これが米国の陪審員制度のような裁判で私が陪審であれば彼の主張を認めたかというと、認めないだろう。プリウスに異常があれば、EDR(イベント・データ・レコーダー)などの装置にその状況が記載されはずである。実際、地裁での判決の事実認定もこれらによっている。ただし、もう一段疑問を深めれば、EDRなどの装置が正常であったというのも認定である。
 また気になるのは、裁判において、飯塚被告がペダルの踏み間違えはないとして無罪を主張する弁護戦略は法的には可能だが、それが通る目算はそもそも無理だろう。日本には司法取引はないが、仮に有罪を認めるなら減刑するという取引が可能なら、まさにそうした対象でもあるかもしれない。いずれにせよ、そこまでして飯塚被告が誤操作がないと主張したのは、無罪を得たいというよりも、自身の内面における確証にこだわっただめだろう。さて、この「こだわり」をどう受け止めるべきか。
 もし私が彼の立場であったなら、これは簡単な前提として87歳ならそもそも自動車運転はしないのだが、それはおくとして、自身の内面において、「誤操作をしていない・自動車が誤動作をした」という明証があったらどうするか(デカルト的な明証である)。たぶん私であれば、自分の内面にとっては冤罪と確証していても、裁判では罪を認めるだろう。が、自分が冤罪であるという内面を失うことはできないだろう。とまあ、つまらない想定のようだが、自分の内面で冤罪とするか、自分に責があったと認めるのは、私のような人間にとっては、誰が理解してくれなくても、とても重要なことであり、であるからこそ、飯塚被告のそこはどうなのかという関心が残った。そこがわからなかった。
 もうひとつ、おまけのように思ったことがある。『週刊文春(2021年9月16日号』の記事「《控訴しない方針》“池袋暴走”飯塚幸三被告90歳に起きたこと 街宣車、脅迫状、爆破予告…」で、飯塚被告への社会制裁のような様子が描かれていた。

「公判などの節目のたびに、マンションの前に街宣車が何度もやって来て、『罪を認めろー!!』『反省しろー!!』と大音量で叫んでいました」(近隣住民)

 こうした状況に、飯塚被告の家族は「正直、逮捕してもらいたかった。早く拘束された方が命の心配もない」と話しているという。

 こうした状況を結果的に引き起こしていることにも飯塚被告もその親族も耐えられない状態であり、その実質的に唯一の脱出口が、控訴しないことでもあったのだろう。

 

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