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2020.09.01

あえて勧める5つのユーミンの歌

 ネットは言論の場としては、けっこうひどいところだ。私も長くブロガーやっているし、いただく反応のなかにも、ひどいこと言うなあというものがある。匿名で誹謗する人が多いが、匿名と限らないし、大学の先生だったりすることもある。ということを確認させられたのが、ユーミンに寄せられた罵倒で、「荒井由実のまま夭折すべきだったね。本当に、醜態をさらすより、早く死んだほうがいいと思いますよ。ご本人の名誉のために」というのが、ネットで話題になっていた。
 村上春樹もそうだが、ユーミンも、初期作品や中期作品で強固なイメージが作られてしまい、最近の佳作があまり理解されない。特に、ユーミンはそうだなと思う。私にしてみると、ユーミンが長くシンガーソングライターを続けてくれることで、老いと恋の苦悩の美しい曲が聞けて、幸せだなと思う。
 そんな曲を5つ紹介。ユーミンを語るなら聞いてほしいなとも思う。

 

「もうここには何もない」
 2006年『A GIRL IN SUMMER』に収録。最初に冒頭を聞いただけで、僕は号泣した。

灯台の光の帯がもう白む空に消えてゆく頃
思い出に耳を澄ましてただ車のドアにもたれかかった
流れ星があなたの肩のあたりで燃え尽きてた

 1978年、僕が21歳の年、初めて青年っぽい恋をしてた年、その年のユーミンのシングル『埠頭を渡る風』を思い出した。

青いとばりが道の果てに続いてる
悲しい夜は私をとなりに乗せて
街の灯りは遠くなびくほうき星

埠頭を渡る風を見たのは
いつか二人がただの友達だった日ね

 同じ海でもなく、同じ恋人の思いでもないかもしれない。でも、そこは青春の、人生への違和感を抱えた恋の思い出が、その思い出に浸りつつも、「もうここには何もない」それは、「何かを選ぶ哀しさもない」。生きて、老いて、その虚しさが、きちんと哀しみの形なるのをユーミンが歌ってくれたなあと思った。


「人魚姫の夢」
 2007年のシングル。39枚目になるらしい。出たとき、iTunesで買った。恐ろしい曲で鳥肌が立った。

いつかあなたはやって来る深い涙の底へ
私を目醒めさせるために
やがて薔薇色の朝になり
あなたはささやくのよ哀しい夢だったと

 ごく単純に言えば、恋を叶えることなく、むなしく死を迎えるベッドの上の錯乱である。そんなふうにして人生を終えることがある。狂気といえば狂気だけど、そうした狂気は虚しいけど間違っていたけど純粋な恋がたどり着いたものだった。
 ユーミンは昔から、人魚姫の話が好きで、どこかしらマゾヒスティックな快感をもっていて、それが各種の曲のなかで、ぬっと現れるところがある。
 この曲は、2009年の『そしてもう一度夢見るだろう』にも収録されるけど、リミックスされていて音の感触が違う。どっちがいいとも言えないが、シングルのほうが怖かった。


「ピカデリー・サーカス」
 2009年の『そしてもう一度夢見るだろう』に収録。アルバムのビジュアルがこの曲のイメージ合わせていて美しい。

ピカデリー・サーカスに出れば
バスやタクシーひしめき合い
まるで昔と変わらない夕暮れ心に
書き溜めた歌と胸に刻みつけた炎と
他に何も持ってなかった昔

 若い頃の懐古といえばそうなのだろうが、胸に刻みつけた炎以外他に何も持ってない自分に出会う風景というものがある。ユーミンはピカデリー・サーカスを選んだ。僕は70年代の新宿を思った。人々が活気づいて行き交う街がふと遠く見えて、まるで自分が死者の世界に移されたような思いを持つ。


「ひとつの恋が終るとき」
 2011年の『Road Show』に収録。僕は民放を見ないであまり見かけなかったが、NTTドコモのCMにもなったらしい。
 曲は30代か40代、あるいは50代かもしれない。同棲もしていた男女が劇的なこともなく別れていく夜の街。女が自動車で男を別れの駅へ送っていく。

信号が変わるたび
めくるなつかしい風景
まるでポスター みたいに
破ってしまいたいけれど

 風景をポスターのように破りたいのは、風景がポスターのように見えるからだ。この感覚を歌ってくれるだけで、僕はとても嬉しい。突然、風景がポスターのように、絵のようになってしまって、この世界に取り残されるあの感覚をもつ人がこの世界にいるのだということ。ユーミンは他のなんどもこの凍った風景を感じさせてくれるけど、この曲はその痛みが美しい。


「ダンスのように抱き寄せたい」
 2010年のシングル。映画『RAILWAYS 49歳で電車の運転士になった男の物語』主題歌なので、その文脈で聞かれてしまうだろうと思う。僕もこの映画を見たときはその文脈で聞いて、それもいいなあと思った。しかし、この曲は、『RAILWAYS』とは違う。
 端的に言ってもいいのではないかと思うし、松任谷正隆さんもなんかのインタビューでほのめかしていたようにも思うが、ユーミンが惹かれて若くして結婚した相手だが、おそらく夫婦間は、冷めてというのでもないが、次第に友人のようになり、互いの大人の恋心も難しい局面があったのだろうと思うが、それでも老いてより深い友情のような絆になったのではないかと思う。そうした男女の老いの終結という意味ではハッピーエンドな曲だが、私が惹かれたのは、例によって、離人症的なあの風景である。

二度と帰らぬ日々よ
見送ることしかできない列車よ
ああ、傘もささず探す
誰もいないホーム

 誰もいない駅、霧雨に濡れながら、ぼうっと時間を忘れて立ち尽くす。なんども経験した。西武多摩川線とか今でも味わえる。そうして誰を待っているような気がするのだが。探しているような気もする。でも自分は実はもう死んでいるのかもしれない。列車が過ぎ去っていく。あの感覚だ。ジブリ『千と千尋の神隠し』とかに出てくる、あの列車のような。

 ユーミンの曲は、それを受け止める人の心にきちんと哀しいガラスのかけらを差し込む。その静かに血が流れるような感覚のなかで、死との臨界から生の側に引き寄せる。老いることのある絶望ですら。

 

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