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2020.08.25

bellumという言葉

 こういう言い方はネットでは嫌われるだろうが、それなりに読書人というか教養人なら、一度くらいはこの格言を聞いたことはあるだろう。

汝平和を欲さば、戦への備えをせよ。

 ラテン語では、こう。

Si vis pacem, para bellum.

 si は 英語なら if (もし)。vis は velle (望む)の単数2人称。pacem は女性名詞 pax(平和)の単数対格。para は、第1変化動詞 parare の命令法2人称現在単数。bellum は中性名詞の対格(主格と同形)。
 シンプルに訳せば、こう。

君が平和を望むなら、戦争の用意をしなさい。

 意味については私はさほど関心がないが、ルイ・アントワーヌ・フォヴレ・ド・ブーリエンヌ(Louis Antoine Fauvelet de Bourrienne)の洒落が面白い。

Tout le monde connaît l'adage [...] Si Napoléon avait été une autorité en latin, il l'aurait probablement inversé en Si vis bellum para pacem (« Si tu veux la guerre, prépare la paix »).

 洒落になるほどこの格言は有名だが、出典はわからない。フラウィウス・ウェゲティウス・レナトゥス(Flavius Vegetius Renatus)の Igitur qui desiderat pacem, praeparet bellum.を言い換えたものだろうと言われている。
 さて、ブログに書いてみたいなと思ったのは、bellum という単語である。その点で、すぐに連想されるのは、ホッブズのこれだ。

bellum omnium contra omnes

 日本では、「万人の万人に対する闘争」と訳されているが、というか、誰が訳したのかも気になるが、原義は、「みんながみんなに対する戦争」である。
 気になったのは、bellum という字面は、bellus (美しい)に似ていることだ。というか、変化型では一致すらする。まさか、派生語、あるいは、語源が一致しているのだろうかと気になっていたが、調べずにいたので調べた。
 辞書などを引くと、duellum が音変化したらしい。そこで、duellum と聞くと、つい「デュエル」「対戦」とか連想するが、違うようだ。印欧語では、「燃やす」ということらしい。
 奇妙な変遷で、今ひとつ納得いかないこともあるせいか、bellumは日常語の英語語彙にはあまり影響していない。しいていえば、rebellionくらいである。あと、bellicoseやbelligerenceか。難語の部類のようにも思われる。
 だが、奇妙なことに、Antebellum は、日常語とはいえないが、高校卒業したくらいの米人ならみんな知っている。「南北戦争以前」という意味だ。米国史では、南北戦争の前後が大きな時代区分になっていて、その時代区分に使う言葉である。当然、postbellumもそれに対応する。
 不思議なのは、そのわりに、Bellum 自体が南北戦争という意味でもないし、単独では辞書にも載っていない。といった手前、Websterを引いてみると、あった、が、"a Persian-gulf boat holding about eight persons and propelled by paddles or poles"。ペルシア語balam由来の別語であった。
 もう一つ不思議なのは、英語の熟語として、"Interbellum Generation" というのがある。日本語の定訳語は知らないが、字義はすぐにわかる。「戦争の間の世代」である。で、この戦争なのだが、世界大戦を指している。南北戦争ではないのだ。
 "Interbellum Generation"の語源はわからないが、おそらくそれっぽく言ってみたの類ではないかと思うが、むしろ、Antebellum の由来が気になる。語源辞書(etymonline)にあたるとこうあった。

attested in that specific sense by 1862 (it appears in a June 14 entry in Mary Chesnut's diary)

 つまり、メアリー・ボイキン・チェスナット(Mary Boykin Chesnut)の日記である。南北戦争が始まったのは、1861年4月12日だから、一年後ほどだろう。まだ南北戦争は終わっていない。チェスナットがこの語をたまたま日記に充てたのがその後、定着したのか、彼女が別の何かで見かけたかはわからないが、おそらく前者であろう。

 

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