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2020.08.20

ヘンデルは、ハンデルなのか?

 メサイアで有名な、ゲオルク・フリードリヒ・ヘンデル(Georg Friedrich Händel)は通称、ヘンデルというが、こうするとなんとなくドイツ人のようだが、メサイアが英語であることからもわかるように、ヘンデルは英国人なのである。彼は英国に帰化した。で、英国人名に、ウムラウトのついた Händel はないだろう。英個人として、ジョージ・フレデリック・ハンドル(George Frideric Handel)じゃないの、と思っていた。
 どうも微妙に違うとも言えそうだ。
 ヘンデルの来歴を簡単にまとめてみたい。 
 ヘンデルは1685年2月23日、ドイツ中部のハレで生まれた。ちなみに、ヨハン・ゼバスティアン・バッハ(Johann Sebastian Bach)が生まれたのは、同年、1685年3月31日、アイゼナッハである。一ヶ月くらいしか違いがない同時代人である。ハレとアイゼナッハはロードマップ的な距離では200キロくらい。東京から静岡くらいの距離だろうか。
 バッハはご存知の通り音楽家の家系だが、ヘンデルの父は外科医兼散髪屋というか当時は外科と散髪は同じだった。ヘンデルはたまたま音楽が好きでかつ得意だったらしいが、領主に音楽の才能を認められて音楽の道に進めた。
 1710年、25歳でハノーファー選帝侯の宮廷楽長となり、初めてロンドンを訪問したことをきっかけに、1712年からロンドンに住み着いた。
 スチュアート朝最後の王であるアン女王が1714年に死去し、ハノーファー選帝侯ゲオルグ・ルートヴィヒがイギリス王ジョージ1世となる。彼は終生英語が喋れなかった。ヘンデルとは仲が良かったらしく、ヘンデルは1727に英国に帰化した。彼の音楽関連の周りは英語が主流だっただろうが、彼自身はジョージ1世と同じく、ドイツ語話者であありつづけたのだろう。どうやら、そのころ、Händel のウムラウトが英語表記上取れて、ハンデルと呼ばれるようになったが、彼自身はそれを嫌って、Hendel と綴ることもあったようだ。このあたりの裏がいまいち取れないが、おそらく、ヘンデルはヘンデルでよさそうだ。
 ジョージ1世だが、故地はハノーファーなのでなんども出かけ、最期もその旅だったようだ。そこで、ハノーファーのライネシュロス(Leineschloss)に埋葬されたが、第2次世界大戦時英国がここを空爆して破壊した。どういう経緯なのかわからないが、現王家の故地という意識はなかったのだろうか。いずれにせよ戦後、ヘレンホイザールに移葬された。つまり、ジョージ1世が英国に戻ることはない。
 ジョージ1世からジョージ4世までジョージで続くが、英語をしゃべるのは3世かららしい。そして彼が、1815年にナポレオンの影響を廃して、ハノーファー王国を復興している。これが普墺戦争の1866年まで続いていた。明治政府ができる2年前である。
 ジョージ1世の系譜であるハノーヴァー朝は、第一次世界大戦をきっかけにウィンザー家となり、現在も続いている。つまり、ずっとドイツ系の王朝だったが、面白いことにこの間ですら、司法の言語はフランス語が続いていたようだ。
 言語的に見れば、英国の王権や統治機構は庶民と乖離していたので、英国というアイデンティティが形成されたかのようにも見える。

 

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