[書評] ヘンデルが駆け抜けた時代(三ヶ尻正)
先日、「ヘンデルは、ハンデルなのか?」(参照)という記事を書いたあと、もう少しヘンデルとその時代背景について知りたいと思い、その名前のとおりの本書『ヘンデルが駆け抜けた時代』を読んだ。あとから気がついたが、著者の三ヶ尻正氏は、これも先日書いた記事『[書評] ミサ曲・ラテン語・教会音楽 ハンドブック』(参照)の該当書の著者でもあった。ヘンデル協会の人でもあった。
本書の内容なのだが、本書の説明書きがわかりやすい。
あるときは敵対勢力の情勢を探るエージェントとして、またあるときは民心を操る名プロデューサーとして、スペイン継承戦争に翻弄されるイタリアやジャコバイト問題に揺れるイギリスなど権謀術数の渦巻くヨーロッパを渡り歩き、数々のオペラやオラトリオを残してきた音楽家ヘンデルの実像に迫る!
というわけで、ちょっと意外なヘンデルの実像、ということだが、著者がヘンデル協会の人であることからわかるように、むしろ、こちらのヘンデル像のほうが音楽界的にも標準のようだ。
というわけで、ヘンデルにまつわる政争を含めた時代が面白く、世界史が好きな人には楽しめる。また、ヘンデルの曲も、そうした時代と政争に文脈化されているのも興味深い。というか、ヘンデルのメサイアの由来は知らなかったので、驚かされた。
とはいえ、個人的に知りたかった、ヘンデルの個人史、とくに恋愛事情といったものの最新研究のような内容はない。つまり、評伝的な重さはなかった。研究が難しいのだろう。
個人的には、一般知識のレベルで驚いたことがいくつかあった。一番びっくりしたのは、オーストリアの宮廷の公用語がイタリア語だったことだ。
オーストリアについて触れておかなくてはならないのがその「イタリア政策」である。オーストリアはフランスや新興国プロイセンとの関係で見られがちだが、以前からイタリア進出も狙っていて、
まあ、そこまでは、知ってる。ヘタリア的な話だ。問題はその先。
宮廷内の公用語までイタリア語だった。イタリア音楽(すなわちオペラ)の中心地はイタリア本土のどこでもなくウィーンであり、イタリア人作曲家が目指した最高の地位はウィーンの宮廷音楽長だった。
いや、薄々そうだったと思っていたのだった。特にヴィヴァルディの生涯を調べたとき、晩年ウィーンに期待をかけていたのが気になっていた。まあ、『皇帝』がカール6世なんで神聖ローマ帝国との関わりは明白でもあるのだけど。むしろ、その衰退がカール6世でもある。
あと、びっくりというのもないが、再確認したのは、「1701年王位継承法」である。ウィキペディアを借りると。
・王位継承者は、ステュアート家の血を引く者に限る。
・イングランド国教会信徒のみが王位継承権を持つ(カトリック信徒は王になれない)。同様に、その配偶者も国教会信徒でなければならない。
ということで、外国のハノーファー選帝侯が選ばれたのだが、この対立であるジェームズ老僣王との関わりがもろにヘンデルに関係してくる。
ヘンデルと限らないが、西洋音楽家はいろいろ西洋史そのものに関連してくる。そのあたり、いわゆる高校世界史的な観点だと、文化史の小項目になってしまうが、むしろ、音楽家から世界史が見渡せることもある。
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