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2020.07.26

"apprendre"と「知足」

 フランス語の ”apprendre” という単語は、英語だと、apprehend が語源的には対応する。もとは、ラテン語の ”apprehendere” である。英語としては、中英語で採用された語で、当時の英語の形としては、"apprehenden" であり、現代のドイツ語動詞に近い形をしている。dictionary.comにはこう記されていた。

1350–1400; Middle English apprehenden < Latin apprehendere to grasp, equivalent to ap- ap-1 + prehendere to seize (pre- pre- + -hendere to grasp)

 来歴を記したのは、中英語ということでは、この語について具体的には、1350–1400らしい。つまり、ノルマン征服時代のフランス語からの流入やプランタジネット朝での流入より遅い。多少奇妙な感があるので、もう少し調べてみたいと思い、Googleの語源機能を使ってみると、面白い図が出てきた。

late Middle English (originally in the sense ‘grasp, get hold of (physically or mentally’)): from French appréhender or Latin apprehendere, from ad- ‘towards’ + prehendere ‘lay hold of’.

 一見すると、French appréhender と Latin apprehendere の合成のようでもあるし、由来が曖昧であるようにも見えるが、いずれにせよ、2形が存在している。
 etymonline.comに当たってみると、興味深い記述があった。

late 14c., "grasp with the senses or mind;" early 15c. as "grasp, take hold of" physically, from Latin apprehendere "to take hold of, grasp," from ad "to" (see ad-) + prehendere "to seize" (from prae- "before;" see pre- + -hendere, from PIE root *ghend- "to seize, take"). Often "to hold in opinion but without positive certainty."

 "apprehendere"には14世紀では精神的な獲得の意味で、15世紀では身体的な獲得という意味だったらしい。さらにこう記載されている。

The metaphoric extension to "seize with the mind" took place in Latin and was the sole sense of cognate Old French aprendre (12c., Modern French appréhender); also compare apprentice). Specific meaning "seize in the name of the law, arrest," is from 1540s. Meaning "be in fear of the future, anticipate with dread" is from c. 1600. Related: Apprehended; apprehending.

 どうやら、ラテン語自体では身体的な獲得であったものが、12世紀の古フランス語で精神的な獲得という意味になってフランス語に定着したようだ。その後、 16世紀に法的な用語で使われるとある。
 形状的に気になるのは、フランス語では、hが抜けているのに、英語ではhが維持されていることだ。英語の場合、近世においてラテン語復古模倣が起きるのでその際に補われたものなのかもしれないが、フランス語ほうが自然に正書法上脱落したと見てよいだろう。
 さて、以上は本題ではなかった。
 本題は、フランス語の ”apprendre” という動詞の奇妙な振る舞いである。これは、英語と対比するとわかりやすい。

J'apprends le Francais.
 → I learn French.
J'apprends le Francais aux étudiants.
 → I teach French to students.

 フランス語の ”apprendre” という動詞は、途中までは同一のコンテクストであっても、後部の à で、「学ぶ」から「教える」に変わる。
 こが以前から奇妙だなと思っていた。フランス人は混乱しないのかとも。で、NHKのフランス語講座で取り上げられていた。これは、そもそも、”apprendre”の接頭辞の"a" の方向性に関連しているというのだ。
 英語で言えば、toである。つまり、「獲得」の方向性がφ(ゼロ)なら、自分に向けられてて学習になり、他者に向けられると教授になる。
 つまり、「知」が満ちる方向性だとも言える。
 ということで、これって、漢語の「知足」を連想した。現代中国語では「満足」だが。
 ”apprendre”は、つまり、「知足す」なのだろう。こんな中国語はないが、こんな感じなのだろう。

J'apprends le Francais.
 → 我知足法語。
J'apprends le Francais aux étudiants.
 → 我跟他知足法語。

 実際の中国語だと英語のように、こうなる。

J'apprends le Francais.
 → 我学法语。
J'apprends le Francais aux étudiants.
 →我教学生法语。

 不用意に話がごちゃごはしたが、知的な獲得という意味拡張は古フランス語で起きて、英語では、apprehendの形で入ったが、フランス語のほうではそのまま定着したのだろう。
 現代フランス人はこのあたりどう感じているのだろうか? 機会があったら、聞いてみよう。

 

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