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2020.07.02

「娑婆っ気」という言葉

 先日、若い人と話をしていて、ふと、「娑婆っ気」という言葉が口をついて、あれ?と思った。そんな言葉、今の若い人たちは知っているだろうか? きいてみた。案の定である。知らない。知らないからと責めるものではない。そもそも死語ではないかとも思った。
 「娑婆っ気」という言葉は死語であろうか? Twitterを検索してみると、まったくないわけではないが、微妙に意味のずれを感じた。軍隊や死後の世界での感覚を指している例があり、ようするに、一般社会とそれ以外の世界、との対比で出てくる用例が多いように感じられた。
 辞書を引くと、しゃばけ(娑婆気)に同じとあり、娑婆気はこう説明されている(日本語大辞典)。

〘名〙 現世に執着する心。俗世間における、名誉・利得などのさまざまな欲望にとらわれる心。世間体を飾ろう、みえをはろうとする気持。俗念。しゃばき。しゃばっき。しゃばっけ。
※消息(1899‐1900)〈正岡子規〉「時々は娑婆気を起して何やらの本が見たいの、誰やらの句集はないか、と」

 私がTwitterで微妙と感じた用例は、「現世に執着する心」という点では、正用法かもしれないなとも思う。
 ただ、意味としては、「俗世間における、名誉・利得などのさまざまな欲望にとらわれる心。世間体を飾ろう、みえをはろうとする気持。」のほうが近いだろうが、この定義より、もうちょっと軽い感じもする。
 都知事選でいうなら、宇都宮健児さんには、娑婆っ気はなさそうだ。小池百合子さんはけっこう娑婆っ気が強い。娑婆っ気のかたまりのようでもあるが、娑婆っ気というにはちょっと重苦しい。山本太郎さんはよくわからない。娑婆っ気そのものようにも思えるし、そうでないのかもしれないし。総じて、なさそうではある。
 そういえば、冒頭の話の文脈だが、私も若い頃、漱石の『こころ』のKのように生真面目というか求道心みたいな人かと自分を思ったが、娑婆に出たら、けっこう娑婆っ気があるのを知って驚いたという話であった。
 以降、他人を見るときも、この人はけっこう娑婆っ気があるな、娑婆っ気が強いな、娑婆っ気はなそうだ、となど自然に思う。
 それでどうしたというわけでもないのだが、まあ、そういうふうに見る人はもう老人の部類であろうか。

 

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