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2020.07.05

注音符号を学ぼうと思った

 こんとこ、なんとなく中国語の学習を再開しているのだが、だんだん、拼音の体系に疑問を持つようになってきた。そもそも、拼音は便宜で、漢字の発音を覚えてしまうまでのつなぎだと言えばそうだが、それにしても、やっかいな体系だなと思う。不合理とはまではいえない、というか、極めて合理的にできているという点で、拼音の体系はローマ字化としてすぐれているとは思うが、日本人が中国語を学習する初期段階では問題がありすぎる気がしてきた。
 具体的な一例としては、これ。

 huì(会)と wèi(畏)

 中国語を学んだ人なら、こんなの簡単と言うだろうが、表記システムとしてどうなんだろいう疑問が拭いきれない。
 簡易表記の元は、こう。 

 huì(会)← huèi

 これなら、初心者でも発音を混乱することはないのだが、それでも、四声の記号の位置が簡素化で動かざるをえない。ここも間違いやすい。
 さらに、もう一方もこう。

 wèi(畏)← uèi

 拼音は語頭の u を子音のように表すために、見かけ上、wになっている。
 しかも、中国語音韻体系からすると、この u は、介音である。つまり、拼音を使うと介音の意識が抜けやすい。
 この点、注音符号だと、混亂はないし、「ㄨ」が介音であることも認識しやすい。

 会  ㄏㄨㄟˋ (huì)
 畏   ㄨㄟˋ (wèi)

 音の表記体系としては、注音符号のほうがすぐれているとしか、いいようがないと思う。とはいいえ、注音符号は、ローマ字化にもならないし、ハングルのように国際的にもわかりにくい。
 ローマ字化の拼音は、全体としてみればイレギュラーが少ないとも言えるし、イレギュラー的に見える部分は幼児教育で叩き込めば、実用化に耐えるだろう、ということなのだろう。
 というわけで、拼音は明らかに、そうした便宜とそうした合理性からできたのだろうが、どうも変な印象があるので、調べていくと、というか、歴史背景からして、できたのが、1958年の第一回全国人民代表大会第5回会議。それ以前は、注音で、つまり、拼音は注音のローマ字化であって、その実態は注音と見てよさそうだ。
 むしろ、拼音を学ぶ際に、その発音の実体をIPAで確かめるより、注音のほうがよいだろう。
 ということで、むしろ、拼音を学ぶために、注音を学んだほうがいいだろうと、私は考えるようになった。

 

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