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2020.06.03

「香港獨立」という表記の意味合い

 明日は、六四天安門事件という呼称からわかるように、1989年6月4日、北京市にある天安門広場に民主化を求めて集結していた市民に北京政府が軍を向けて虐殺を行った記念日である。北京政府下に置かれた香港警察は1日の時点で、天安門事件の追悼集会を禁止すると発表した。香港で毎年吉例のこの集会が禁止されるのは、今回が初めてのことだ。香港の民主化を恐れる北京政府の思惑が感じられるかのようだが、表向きは新型コロナウイルスによる対応としている。しかし、COVID-19の対応の必要がなくなっても、もう二度と天安門事件追悼集会は開かれなくなるのではないか。つまり、反体制活動を禁じる「香港国家安全法」が機能しはじめるだろう。香港はそうして、中華人民共和国に飲み込まれていくのだろうか? 私はそうもいかないだろうと思う。
 注目するのは、言語である。最近の香港のデモで、「香港獨立」という表記のバナーというのか、旗を映像を通して見かけた。報道が好んで映しているというのもあるだろうが、けっこうあちこちで見かけるものだと思った。率直な印象で言えば、香港市民の大半が独立を望んでいるとも思わない。が、私が気になったのは、この繁体字の表記である。
 言うまでもないが、香港では、台湾同様、繁体字が利用されている。他方、中華人民共和国では、簡体字が使われている。日本は、戦後、独自の簡略漢字を使うようになったので、世界規模で見るなら、大きく分けて、繁体字、簡体字、日本漢字の3種類の漢字がある。
 台湾が簡体字を採用しないこと、そして香港もそうであるということから、繁体字というもの自体に、ある種の、言語ナショナリズム的な要素が関連しているかと考えがちなのだが、このところ、中国語の学習も再開して気がつくのは、むしろ、中華人民共和国における拼音の教育の影響である。
 結論だけ簡単にいうと、拼音がないと、電子機器で漢字が容易には扱えないのである。まさかという反応が予想されるが、漢字をいかにコンピュータに入力するかというは、現代の言語にとってかなり重要な問題になっている。拼音というのは、元来は、漢字音の表現というかローマ字化だったが、現在ではそのまま漢字入力に直結している。むしろ、中華人民共和国において、初等教育における拼音教育こそが、現在の普通話の優位性を支えているようにすら思える。
 この点、例えば、現在これを書いている私は、英語キーボードを使って、ローマ字入力しているのだが、つまり、日本語ローマ字という拼音を使っているから漢字が入力できる。他に、日本語ならひらがな入力も可能だし、ガラケー以降はひらがな入力の別版ともいるフリック入力も日本語は使える。
 この点、朝鮮語の場合は、拼音のようなローマ字化が入力に使えないが、そもそも한글自体が、音のパーツを表しているアルファベットとも言えるので、2ボル式(두벌식)などが使える。朝鮮語のフリック入力もこれの別版のようだ。
 他方、繁体字圏では、どうなのか? 台湾では、漢字音の学習に注音符号を使うので、注音輸入法が漢字入力にもけっこう使われているらしい。また、フリック入力も注音符号の活用のようだ。ただ、拼音を使っている人も増えているようではある。台湾の場合、漢字は繁体字でも音価値は簡体字と同じなので、そのまま拼音も使える。
 香港ではどうなのか? 香港の繁体字はどうなのか? これがどうもかなりめんどくさいことになっている。
 まず、香港の主要言語なのだが、広東語である。その普及率について、Wikipediaの”Demographics of Hong Kong”を見ると、最新の2016年で、88.9%とある。使用可能な言語で広東語を見るなら、94.6%にも及ぶ。ただし、これで見ると香港のマンダリン(中華人民共和国の普通話)は48.6にもなる。英語は53.2% である。概ね、一定の教養のある香港人の大半は、通常、3か国語を常時使用しているということになる。
 であれば、コンピュータ入力に拼音を使っているかなのだが、そこの全体像がよくわからないというか、わからない理由は、あとで触れることなるだろう。
 興味深いのは、香港の場合、倉頡輸入法という、かなり特殊なというか、漢字の字形パーツから入力する方法も使われている。現在はその改良である速成輸入法はWindowsにも装備されている。
 ここで注目したいのは、倉頡輸入法は、漢字の字形によっていて、音価を離れていることだ。恐らく、というか、普通に想像できることだが、香港の話者の広東語は、北京語の拼音という音価を介していないほうが自然なのだろう。
 ところで、なぜ広東語の拼音を使わないのかだが、統一されていないらしい。これは台湾におけるローマ字化とも似ている。
 最近知ったのだが、香港人にとって、広東語は基本的には話し言葉であるという認識らしい。先のWikipediaの項目でも、広東はSpokenな言語とされていた。
 香港人YouTuberのかた(RamuBebeさんとあった)があげていた例だが(私は驚いたのだが)、「食べる」という動詞は広東語では「食(tai2)」だが、これを書くときは、「吃」と書くらしい。つまり、「食」を「吃」に置き換えるらしいのだ。「飲む」は、「飲」を「喝」にする。広東語のほうが日本語漢字に近いなあと思う。
 とすると、「我想吃日本拉面」と書かれていても、香港人の音価イメージは、想像するに我想食日本拉麵(ウォーシャンシッキャープンライミン)なのかもしれない。
 YouTuberのかたの例では、「彼は私より背が高い」を「佢高過我」としていた。北京語なら「他比我高」である。ここまでくると、文法レベルで入れ替えて「書く」らしい。
 こうしてみて奇妙だなと思うのは、広東語自体も概ね漢字で書くことはできるのにということだ。つまり、先の例で「書く」ということは、見た目を北京語に似せるというだけである。
 漢字というのは、岡田英弘先生がおっしゃっていたが、実は、どうにでも書ける。同じことは台湾語(台湾で標準語とされている言語ではない)も漢字で書けないことはない。
 その意味では、日本人も、漢文を日本語文法に包括すれば、「彼は私より背が高い」を「彼高於我」と漢字で書けないことはない。
 と、こうして書いてみて、なんとなく気がつくのだが、そもそも北京語もそうした構成になっているのではないか。つまり、話し言葉の北京語がなんとなく、漢字にはめ込まれているだけで、それを近代言語として整備して、現在のようになってしまっただけなのではないか。
 さて、少し話を戻して、「香港獨立」は、香港でどう発音されているのだろうか。拼音で
「Xiānggǎng dúlì(シャンカンドゥーイー)」ではなく、「ホンコンドクラー」ではないだろうか。
 おそらく、北京政府が、香港を同化させようとしても、広東語話者の強度は同化ができないのではないだろうか。というか、北京政府が同化として、普通話を普及させようとしても、香港人はすでに慣れた言い換えで表向きの対応をしても、生活言語としての広東語は残るだろうし、東アジアの広東語圏ともつながるだろう(むしろ台湾と繋がりにくいかもしれない)。
 一般的に中国語には七大方言があるとされる。話者の多い呉方言である上海語は、普通語教育でほぼ同化されたように見えるが(共産党の有力者自身呉方言であった経緯もあろうだろう)が、広東語となると、同化は無理だと思える。
 北京政府としては、文化や言語の同化は求めないと表向きは言うだろうが、むしろ、香港はそれに準じているかに見えても、まったく異なる文化・言語圏として存在し、つまりは、そもそもが「獨立」しているのではないだろうか。

 

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