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2020.06.26

植田真理子という人

 このところ、中国語と漢文の関連の情報をネットでさぐっていて、青蛙亭漢語 塾というサイトをなんどか見た。そのトップページ(参照)に、「当サイト管理人 植田真理子さんは逝去されました。重要なお知らせをご参照ください。」という注記があった。同サイトの作者はもう故人なのであろうと、参照先を見る。

当サイトの管理者・植田真理子さん(まんどぅーか/青蛙亭管理者も同一人物)は、2015年3月15日に逝去されました。
生前親しく交友しておりました友人有志にて「植田真理子さんを偲ぶ会」を発足し、当サイトをはじめとするオンラインアカウントにつき、ご遺族より委任いただき、今後の管理を受け持つこととなりました。
ここにご遺族および友人を代表しまして、生前のご厚誼に深く感謝し、謹んでお知らせ申し上げます。
2015年3月22日- 植田真理子さんを偲ぶ会 代表 敬白

 女性で、高齢なかただろうと想像していたのだが、違った。また、『植田真理子さんを偲ぶ会』のページには、写真とともに「とこしえの平安 † マリア・マグダレナ 植田 真理子 姉」とあるので、修道会関連のかたかとも思った。違った。
 なにより、クリスチャン?という疑問があり、関連のページを見ていくと、たった一人で教会を起こしたようだ(キリスト真理自由教会)。そして、「彼女」は性転換した人だった。
 また、見ていくと、パソコンについて「昭和57(1982)年だから、真理子が小5のとき。98は、それまでマイコンと呼ばれて実用的じゃなかった…」とあるので、昭和47(1972)年生まれであろう。43歳ほどで亡くなったのだろう。死因については私は読み取れてないが、晩年は再婚して幸福であったようにも見える。
 言語に関心を持ち、キリスト教に関心を持ち、初期のパソコン通信文化に関連しているとなると、Ascii-NET時代やNifty時代に私との接点があったのではないかと探ると、さすがに年齢差からかなさそうだった。
 彼女がどのようなキリスト教に関心を持ったかについても興味はわいた。特に。

 しかし、それをふまえたうえでなお、当教会は、「ぎりぎり最後の一線までリベラルな、つまり学問的、理性的な営為によって神をとらえようとする」ことを、信仰のスタンスとします。

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 死をどう見るかは宗教の一大ポイントなのですが、当教会はあえて死生観を強制しません。

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 聖書は所詮は紀元2世紀までに成立した古代の文書にすぎません。ですから「聖書のみ」を強調することは、現代人を一足飛びに2世紀の世界へとタイムスリップさせて、それ以後の教会の歴史、知的営為の歴史をまるきり否定することになります。
 当教会では、聖書以後に発展した教会の歴史やさまざまな考え方を柔軟に取り入れていきます。
 そして、その一環として、聖書に基づかない諸聖人への信仰を取り入れます。その象徴がマリア信仰であり、それを「真理」にひっかけているのです。

 率直なところを異端性はどうかと思ったが。

当教会では信仰告白文として「使徒信条」を採用します。

 としているので、三一信仰ではあるのだろう。
 いくつか彼女のキリスト教についての思索を読みながら、クリストファー・ドリエ・リーヴ(Christopher D'Olier Reeve)のユニーバーサリズムを思い出した。理性的で寛容なキリスト教が現代人の多くの人の救いにはなるように思う。
 振り返って、今の私はというと、「キリスト教」というものへの知的関心はあるが、信仰的な関心は薄れている。
 植田真理子さんには生前であれば会って話もしてみたいようにも思うが、今の私はというと、よくわからない。
 ただ、彼女は、偉大な人間なのではないかと思った。早世は惜しまれた。

 

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