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2020.05.26

緊急事態宣言の終わり

 今日から、緊急事態宣言が解除された。現実的には、段階的な解除ということになるが、町にランドセルの子供も見かける。満員電車には乗らなかったが、そういう風景もあったのではないか。
 感慨深いといえば感慨深いのだが、私の場合、この間、自粛で我慢したよなあというより、まあ、自分の予感通りにほぼなったなということだ。3月9日に『新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)についての、たぶん奇妙な予想』(参照)という記事を書いた。

 当てずっぽうで思ったそののんきな予想は、日本のこの感染がある時期に急速にかつ他国に類もない収束を迎えるかもしれない、ということだ。他国と比較してという意味である。

 ……むしろ、結果的に奇妙な国家という特性を示す事例になってしまうのではないか、と。

 ほら、私の予想通り、と思うわけではない。なぜなら、これは、ただの直感に過ぎず、なんの根拠も示してなかった。しいて言えば、日本の全体主義的な社会がもたらすだろうくらいのことだった。
 すべて直感どおりというわけでもなかった。もうちょっと早いと思っていた。が、これは政府の専門家会議の実効再生算数的には、ピークの3月末で1を切っていたので、1か月くらい前倒しでもよかったのかもしれない。
 「結果的に奇妙な国家という特性」についても、まあ、当たった。ただ、韓国よりも死亡者率を抑えられるということはなく、100万人人口比で2人くらい劣った。という意味で、韓国の対応がより正しかったのかというと、市民社会への政府介入とバランスすると微妙であり、市民社会への政府介入を嫌う欧米としては、日本のほうがいいなと思うようだ。具体例は引用しないが、いくつかそういう雰囲気漂う英文記事を読んだ。
 ただ、総じて言えば、台湾やベトナムはさらに日韓より優れていたし、どうやら、アジア圏においては、起源の中国を含めて、COVID-19はそもそも軽症で終わったと見てよい。つまり、比較的軽微に済んだのは、政策的な差異が大きな要因でもなさそうだ。
 というわけで、なぜ? が残る。なぜ、アジア圏では深刻にならなかったのか。BCG説がネットでは騒がれていたが、私は交差免疫ではないかなとなんとなく思うが、これも直感でしかない。あと、COVID-19は季節性とは言えないようだが、季節性的な性格はあるだろう。欧米でも、フランスやイタリアとか、トラジェクトリーで見ると、流行の終わりに向かっていることがわかる(他方ブラジルでは感染爆発している)が、これって季節要因が大きいんじゃないかという印象もある。
 今後はどうなるかだが、8割おじさんこと西浦博教授も実効再生算数をかなり低見ているという記事も読んだが、実際、実効再生算数はかなり低いだろう。その意味合いは、集団免疫にはそもそもならないかもしれない、ということで、それなら、ほとんど他のコロナウイルス感染に近いものになるだろう。第二波、あるいは第三波というべきかという点では、感染学的には、ピークを下げた分、長期化するので、当然あるだろう、それがどのようなものかは、未来はわからない。直感的に言えば、たいしたことないんじゃないだろうか。日本と限らないが、被害は院内感染が大きく影響しているし、施設内高齢者の死者が多く、実際のところ、死亡の傾向はマクロ的に見ると、自然死を時間差でなぞっているようになる。現代文明が医療体制として整備したホールを突いた現象のようにも見える。
 そういえば、政策といえば、安倍政権の人気はガタ落ちしたようだ。支持しない人が一気に増えたのかもしれない。他方、東京都知事選はもう小池さん続投しかないようにも見える。
 社会学者のマックス・ウェーバーが『職業としての政治』で説いたのだが、政治家に求められるのは、「責任倫理」である。政治家というのは、政策の行為を予見し、その行動の結果の責任を持つというものだ。他方、宗教家や大衆の多くは、自身の信仰や道徳観によって倫理を決める、という、「心情倫理」を持つ。当然、責任倫理と心情倫理は相反することもある。
 が、なんであれ、政治家には責任倫理が問われる。つまり、結果が問われるのだ、いい結果を出した政治家なら、どのようなプロセスであれ、その責務を担って出した結果で評価されるべきだろう(もちろん最終的な結果はわからないが、最終というなら、責務概念も曖昧になる)。
 つまり、安倍晋三首相、ご苦労さまでした(「ご苦労さま」でよかろう、公僕でもあるし)。偶然なのかもしれないけど、いい結果が出たならそれで、政治家は評価されるべきだろう。
 この間の経済的なバラマキ政策も、ひょんなことで今後、いい成果になるかもしれない。その成果が見られるときは、そしてそのときは、首相を辞しているだろうが、日本史に残る偉大な首相となっているかもしれない。もちろん、多くの日本国民は、心情倫理で見るだろうから、まあ、罵声まみれでもあるだろう。私としては、それもまた、そのときも、「責任倫理」の点で見ていきたい。

 

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