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2020.05.16

パトス(Pathos)とペーソス(Pathos)

 なぜか盲点だった。パトス(Pathos)とペーソス(Pathos)について、それほど考えたことがなかった。要するに、元は同じ言葉のはずなのに、日本語では違う。なぜなのか?
 パトス(Pathos)とペーソス(Pathos)で、どっちが一般的な言葉かというと、ペーソスのほうだろう。ペーソスの意味はというと、大辞泉では、《もの悲しい情緒。哀愁。哀感。「ペーソスの漂う人情劇」》とある。間違いではないが、違うのではないか。こういうときは画像検索してみるとはっきりすることがあるので、やってみると、中年のおっさんのバンドが出てくる。誰? あ、末井昭さんがいる。え? 島本慶って、舐達磨親方。知らなかった。
 それで、ペーソスというバンドの音楽を聞いてみる。『夫婦冷っけえ』という曲。ああ、まあ、たしかに日本語のペーソスってこれだなと思った。
 つまり、「もの悲しい情緒。哀愁。哀感」というだけじゃなくて、なんか滑稽さが含まれ、そして、昭和臭たっぷりの古臭さである。漫画でいったら、『男おいどん』とか。
 もうひとつ、パトスはというと、これは、アリストテレスの倫理学で、《欲情・怒り・恐怖・喜び・憎しみ・哀しみなどの快楽や苦痛を伴う一時的な感情状態。情念》である。エートスとかロゴスとかに対比される、あれだ。
 さて、なんで、パトス(Pathos)とペーソス(Pathos)の意味が違うのか。しかも、ペーソスに至っては、国語辞書もいまひとつ意味を捉えてなさそう。
 すぐにわかるのは、ペーソスは英語読みというか、米語読みなので、アメリカから入ったものだろう。他方、パトスは、アリストテレスが出てくるように、ギリシア哲学の訳語とかだろう。こっちのほうは、さほど問題を感じない。
 かくして、ペーソスの語誌だが、ネットからは皆目わからない。というか、どうでもいいゴミのような情報しか出てこない。
 日本語大辞典を引くと、《英pathos なんとなく身にせまってくるうら悲しい感じ。しんみりとした哀れさ。》とある。滑稽な語感は含まれていない。コーパス的には「ペーソスとユーモア」というフレーズが多く、滑稽さは分離されているとも見られるが、それでも、滑稽さの意味合いは、ペーソスに含まれているだろう。
 日本語大辞典では用例に、坪内逍遥の『小説神髄』が出てくる。

 《哀情(波ソス)と滑稽(瑠ヂクラスネッス)とは所詮華文の属性にして》
 
 これは、pathosとridiculousnessが文学的な美文の特徴だということだろうか。
 いずれにせよ、1885年、つまり明治18年に「ペーソス」という言葉は外来語として英語から日本語に入っていたということだろう。『吾輩は猫である』の20年前くらい。
 おそらく日本の近代文学史と芸能史には「ペーソス」が基調の系譜がありそうに思うし、そのなかから、現代語のペーソスができきたのだろう。
 しかし、これが日本近代特有こともないだろう。漫画『ピーナッツ』なんかもまさにペーソスの感じがある。

 

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