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2020.05.11

「# 検察庁法改正案に抗議します」が理解できなかった

 私のようなのんきなブロガーでも、昨日の朝、降って湧いたようにTwitterで、「#検察庁法改正案に抗議します」というタグが広がっているのを知った。印象としては、自然な市民の声というより、9日の夜に事実上組織的な仕込みがあったんじゃないかという不審な感じがした。しかし、それはそれとして、何の騒ぎなのか当の問題点を理解しようとしたのだが、よくわからなかった。合わせて、政府が示した三権分立の図は間違っている、といった話題が付随していた。が、こちらのような概ねくだらない騒ぎと見てよいようだった。
 重要なことは、検察庁法改正案の問題点を理解することだが、自分なりに一次情報(閣第五二号 国家公務員法等の一部を改正する法律案)に当たってみたのだが、皆目わからない。率直なところ、私のような凡庸な市民にはわからない性質かなと思った。その後、この運動の盛り上がりに付随する説明などを読みながら、もにょった。
 まず、当の問題の複雑さについてだが、別件で読んでいた現代というサイトの『コロナ対策は「大阪モデル」が政府よりも東京よりも断トツで優れている』という記事で嘉悦大学の高橋洋一教授がこう指摘していた。

 ただはっきりいえば、「検察庁法改正法案」はかなりマニアックだ。そもそも、今国会に「検察庁法改正法案」が提出されていることを知っていた人は、かなりの国会マニアだろう。法案の正式名は「国家公務員法等の一部を改正する法律案」(http://www.shugiin.go.jp/internet/itdb_gian.nsf/html/gian/honbun/houan/g20109052.htm)だ。
 これは正式法案であるが、まず一般の人には専門的すぎて相当読みづらい。内閣官房のサイトにある概要(https://www.cas.go.jp/jp/houan/200313/siryou1.pdf)をはじめに読んで、さらに新旧対照表(https://www.cas.go.jp/jp/houan/200313/siryou4.pdf)を読み込むのがいい。これでも読みにくいだろう。
 法案を読むのが大変なのは、官僚も同じだ。国家公務員法などの担当を人事部局にいて経験していれば別だが、一般の国家公務員でも、そう簡単に読めるものではない。まして著名人で、これらのサイトにアクセスしきちんと読んだ上でツイートしていた人は、ほぼ皆無だろう。

 高橋教授の意見が正しいというものでもないだろうが、この法案を理解することはけっこう難しいのではないかと思う。多数の反対者は、どのように自分の意見を形成したのか気になるところだ。
 同記事を読み進むと、こう指摘されている。

そもそも、国家公務員の定年延長には長い経緯がある。2008年の国家公務員制度改革基本法の中に、65歳までの定年延長は盛り込まれている。その法律は福田康夫政権のときのものだが、実は企画立案の一人として筆者も関わった。この法律は、当時の民主党の協力で成立した。その後2回(2011年、2018年)の人事院から政府への意見申出、3回(2013年、2017年、2018年)の閣議決定を経て、現在に至る。

 事実であろう。であれば、民主党時代の経緯を野党である民主党から整理して国会でまとめなおしたらよいのではないか。
 さて、ここで気がつくという類でもないが、法案側から見ていくと、国家公務員の定年延長についてであって、「検察庁法改正案」というわけでもない。そのあたりのリンケージがまったくわからないでもないがわからないなと思っていたら、「検察庁は特殊である」という指摘を見かけた。Twitterで見かけたモトケンさんという方の意見だが、いわく、「検察庁は、日本の行政組織の中で、唯一総理大臣の刑事責任を問い得る機関です。検察庁以外にも独立性を求められる行政機関はありますが、検察庁は、総理大臣の地位すら左右しかねない権限を有しており、いわゆる準司法機関として特に独立性が求められる機関です。……」とのこと。
 ほおと思った。そして、ほおと同時に、実効性のないそもそも論が浮かんだ。すでにtweetしたが、

 ①総理には不逮捕特権があるべき。
 ②「準司法機関」の存在こそ三権分立に反するので是正すべき。

 Twitterでつぶやいてもしかたないので、ここでちょっと補足しておくと、まず、②だが、問題の解消は、国家の構成既定である憲法改正に及ぶことになる(ので現実的には無意味なそもそも論)。で、その際より重要なことは、関西学院大学大学院司法研究科の井上武史教授がtweetされていたが、「この際、最高裁判事の任命が内閣のフリーハンドであることも、あわせて問題化してほしいと思います。こちらの方が、権力分立の観点からは、はるかに重大な問題なので。」ということで、理論構成的には、「準司法機関」というヘンテコな概念ではなく、抜本的な憲法改革が必要になるだろう、ということ。で、言うまでもないが、日本のいわゆる野党(すべての野党でない)は、憲法改正阻止が至上命題なので、そこには触れない、というか、つまりは55年体制的な保守主義に陥っている。
 で、私として関心があるのは、①で、元首の不逮捕特権についてである(現行の議員のそれではない)。基本的に国家元首には不逮捕特権があるというのが近代世界の常識であるとしておきたい、というかその議論まで蒸し返されても。その上で、日本の元首って誰?ということで、これが首相なら、そもそも不逮捕特権があってしかるべきだが、歴史を振り返っても、ない。どういうことかというと、日本の元首が誰だかわからないという曖昧さに依拠している。
 「日本の元首、そりゃ天皇だろ」という声が出そうなのだが、まず憲法に規定はなく、学者間で意見のまとまりはない。私が傾倒した鵜飼信成教授は首相が元首説である。ちなみに、Wikipediaを引く。

長野和夫によれば「国民主権下では、国家を代表する資格をもつ国家機関の長で、国内的にも一定の統治権行使の権限をもつ首相が元首であるべきとの意見が学者の間では強い」[7]。

芦部信喜によれば、天皇は君主・元首であるかどうかが争われている[6]。元首の要件で特に重要なのは、外国に対して国家を代表する権能(条約締結や、大使・公使の委任状を発受する権能)である[6]。しかし天皇は外交関係では、七条五号・八号・九号の「承認」・「接受」という形式的・儀礼的行為しか憲法で認められていない[6]。よって伝統的な概念によれば、日本国の元首は内閣または内閣総理大臣となる(多数説)[6]。しかし、そうした形式的・儀礼的行為を行う機関をも元首と呼んで差し支えないという説もある[6]。日本では、元首という概念自体が何らかの実質的権限を含むと一般に考えられてきたので「天皇を元首と解すると、承認ないし接受の意味が実質化し、拡大するおそれがあるところに、問題がある」とされる[20]。

 Wikipediaらしいよくわからない記述だが、「伝統的な概念によれば、日本国の元首は内閣または内閣総理大臣となる(多数説)」というのは、機能的に日本の元首は首相と言ってよく、そもそも元首の不逮捕特権はそうした機能に不可欠なものとしてある。
 ということで。
 「唯一総理大臣の刑事責任を問い得る機関」というのが、憲法上の不備によっているので、弥縫策的に議論してもしかたないようには思う。
 具体的にはどうしろ、というなら、先にも述べたように、経緯には現野党の民主政権も関連しているので、そのあたりで、経緯を整理することから始めたらよいのではないか。
 あと、この過程でいちばん学べたのは、徐東輝さんというかたの『#検察庁法改正案に抗議します」問題について、「いったい検察庁法改正案の何に抗議しているのか』(参照)という記事だった。よく論点がまとまっていてわかりやすかった。
 特に、「3.誤解」というふうに、典型的な誤解をまとめていた。私が受け取った要約はこう。

①黒川氏定年延長がこの法律で決まる
 決まりません。
②黒川氏を検事総長にするための法改正である
 誤りです。
③政権への捜査を免れるための人事介入である
 誤り、というか邪推の域を出ません。
④三権分立が脅かされている
 誤解されがちですが、検察庁は行政府に属するものであり、検察権は行政権の一つです。したがって、検察権と内閣の関係を、三権分立という観点から見る場合、その何が脅かされているのかを正確に理解しなければ、ミスリーディングになってしまいます。
⑤内閣が検察官人事に介入するための措置である
 「5.問題の本質」でもう少し詳しく述べます。
⑥この法案を止めれば安心である
 多くの方のTweetで、この法案を止めれば安心という雰囲気を感じざるを得ませんでした。しかし、そうではありません。

 重要なのは、「5.問題の本質」で、「そして、現時点で私がこの問題の本質と考えるのは、国民に誤解や疑心を与えたまま進めてしまってよいのかという点です。」で、「今国会でどのような対応をしていくのかを注視したいと思います。」ということ。
 つまり、国会での今後の議論を注視していきましょうということで、私もその意見に与する。

 

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