ハングルとローマ字の問題について
朝鮮語の学習を再開して、ハングルとローマ字の関係が今ひとつわからないと思って調べていくと、どうやら、そもそもここに朝鮮語学習者にとって問題がありそうだということがわかってきた。そのあたりまとめた論考でもないかと探すと、2015年に出された、川越菜穂子『韓国語の「文字と発音」導入の問題について : 日本語母語話者のための韓国語教科書の分析を通して』(参照PDF)という興味深い論文が見つかった。参考になった。少し、これに沿って考察してみたい。
同論考は、表題の通り日本語母語者の韓国学習者にとっての「文字と発音」である。読んでみて、少し驚いたのだが、韓国語学習の基本メソッドがそれほどは整備されていないようである。なにより、言語の入門でありながら、実際のところ、初学者には、ハングルという文字体系と発音が大半を占めている実態がある。
私の場合、以前このブログにも書いたが、韓国語は英語を通してピンズラーで基本を学んだ。つまり、ハングルは無視して始めたのだが、それでもハングルの基本は学んだ。ハングルは基本は難しくないのだが、基本だけではどうも読み通せないし、使いこなせない。今回の再学習の機運はDuolingoによるので、ローマ字との関連であり、そこからハングルを見なしてみたわけである。そして、疑問がいろいろ湧き上がった。
現時点でなんとなく思うのだが、学習者に音韻体系と表記体系が整理されて提示されていないというか、表記体系にひっぱられて音韻体系が扱われている。このあたりのある種の歪みはローマ字にも現れる。
音韻体系の整備については、同論考にも触れられ、表記体系との関連は、《制字原理に基づく「基本母音字」の提示方法と説明:基本母音字 10 個型》として、つまり、制字原理との関係に置かれて考察されている。問題点はようするに、《まず、用語の使い方の問題は、文字の説明なのか発音の説明なのかの区別がつねに曖昧にならざるを得ないということである。》に集約されるだろう。
案の定、歴史問題は現れる。
……現代語を教える限り現代語の音韻を教えればいいのだが、音韻の歴史的変化に表記が追いつかないためずれが生じ、文字と発音が合わなくなる。例えば、なぜ母語話者も[we]と発音する文字が 3 つもあるのかなど、歴史的変化を説明した方がわかりやすい。
そして、この説明で、私は納得した。
15 世紀、訓民正音(ハングル)創製時には存在した上昇二重母音(/j、w/+母音)と下降二重母音(母音+/i/ないし/j/)がその後の音韻変化の結果、上昇二重母音と単母音になったため、現在の音韻と字形に合理的な対応が見られなくなった。
つまり、制字原理を取る限り、歴史問題から矛盾が避けられない。考察を先走ると、本来なら、ここはローマ字で整理し直すべきだっただろう。ちなみに、そうは言って日本でもローマ字は整理されてはいないのだが。
特に、《ㅔ/ʌi/ は /e/、ㅐ/ai/ は /ɛ/ となった》というように、これらは、短母音化したのであって、制字原理上は二重母音であったわけだ。つまり、これらの文字は現代ではそもそも音を写していない。
そして、ハングルの理解上、制字原理が避けられないなら陰陽については、たんなる朱子学的な解釈学というより、制字原理で統一的に説明する要素にしたほうがいい。ということで、陰母音と陽母音の制字原理対立が重要になる、というか、そもそもこれは、アルタイ語に特徴的な母音調和に関連していた。
陽母音 ㅏ ㅗ
陰母音 ㅓ ㅜ
中性 ㅣ
制字原理では、陰母音と陽母音を混ぜることはできない(中性は可)。
つまり、こうなる。
陽陽 ㅘ
陽中 ㅚ ㅐ ㅙ
陰陰 ㅝ
陰中 ㅟ ㅔ ㅞ ㅢ
これを暫定的な歴史遡及(o/u/a/ɔ)と現在の音を対比させると、歴史のズレが見えてくる。
陽陽 ㅘ(oa→wa)
陽中 ㅚ(oi→ø ) ㅐ(ai→ɛ) ㅙ(oai→wɛ)
陰陰 ㅝ(uɔ→wɔ)
陰中 ㅟ(ui→y ) ㅔ(ɔi→e) ㅞ(uɔi→we) ㅢ(yi→ɯ)
さらに、文化観光部2000年式と対応させてみる。
ㅘ(oa→wa→wa)
ㅚ(oi→ ø →oe )
ㅐ(ai→ɛ →ae)
ㅙ(oai→wɛ→wae)
ㅝ(uɔ→wɔ→wo)
ㅟ(ui→y →ui )
ㅔ(ɔi→e→e)
ㅞ(uɔi→we→we)
ㅢ(yi→ɯ→ui)
ざっと見た限り、制字原理とも発音とも対応していない。困った。が、ㅐとㅔは制字原理から諦めて音声原理で見て、単音の母音とする。で、ae/eとする。注意を要するイレギュラーをまとめると、次の3つだろうか。
ㅚ(oi→ ø →oe )
ㅝ(uɔ→wɔ→wo)
ㅢ(yi→ɯ→ui)
さて、/y/についてだが、Duolingoでのローマ字を見るとpalatalizationさせているようにも見える。このあたりは、Duolingoの問題ではあるが、通常、palatalizationはパッチムと関連している。
パッチムについては、先の論考も議論しているが、まず、パッチム自体は、漢字との対応なので、その歴史問題を挟まざるをえない。他方、palatalizationはあくまで音変化として扱うべきだが、ローマ字との対応は難問だろう。
さて、こう書いてみて、問題の所在は明らかになったが、解決は見当たらない。
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